7/13 来週の雷鳥沢キャンプするに付けてのWEBk切符を購入するに戸惑っている。何もかもを記入して、確認コードを入力だけなのに認証してくれないのである。 何回も試みているのに、何がいけないのか拒否されるのである。その確認コードを、コピーしてもダメなのだから参ってしまった。明日もう一度か、当日売りに委ねるかになる。

 お天気の悪さに、僧ヶ岳山行にも苦慮している。いつでも行けるメンバーでないだけに尚更である。日月は降っても、火曜日は晴れないだろうか?晴れてくれないだろうか?



7/12 今夕のKNBで、朝日町遭難対策協議会の蓮華温泉から雪倉岳・朝日小屋、そして、栂海新道の整備する人達が映し出されていた。(4日間) その中に橋ちゃん(好山病メンバー)も参加していて、その活躍を目にする事が出来た。早速、いつの日にか、それを肴に飲みたいと連絡をした。



7/11 お陽さまが出たと思ったが、夕方になって雨になった、この先の予報も、何だか頼りにならない感じである。先日の日月火の3日間は、少し降ったかなと思う程度で結局は降らなかった。 降らないと言っていて降るよりも、降ると言っていて降らない方が良いのだろうか?この先も、私にとっては、大きなイベント(ウソ・ホント)が立て続けにある。

 私の基本的な考えは、「山行に変更があっても中止はない。」が、従来からのスタンスである。しかし、仲間との山行は、無理を通す事は出来ない。 最も良い条件の下に、楽しみたいも事実である。雨で唯行けば(歩けば)よいの山行は面白くもなかろう。でも、たまにではあるが、「静かな山」を伺える事もあるのだ!

 以前、月曜日中心の「好山病友の会」には暗黙の了解があった。月曜日休日のメンバーは3人であった。他のメンバーは、その日に合わせて休日を取得していてくれた。 時々であるが、そのメンバーの知人が、参加したいと言って休日を取得してくれているのに、とてもじゃないけれど、雨や強風を理由に中止は出来辛かった。
 そうなれば、山頂近くに小屋(避難小屋あ)がある山に出掛けたのであった。今は、八乙女山や小佐波御前山しか行かないけれど、当時は、白鳥山や白木峰も、その中に含んでいた。 無理する事はないにしても、そのキヅナは尊いものであったし、今は、山へ行けなくなった仲間との交流もしっかりとある。



7/10 私は現役の理容師。仕事をしている内はお金を使わない。仕事をしているから山に行ける。山に行けるから友人が出来るという好循環に満ち足りている。 同年輩の方々の様子を伺っていると、どんなに高位だった方も、どんなに裕福だった方も、周りから友人知人が無くなったり、少なくなったりして、元気を失っていく方々を 多く見ている。そんな事を思うと、少々年金額や貯蓄が少なくとも、元気でさえおれば、新たな友人が出来、新たな元気をもらう事が出来ている。

 しかし、だんだんと年齢差が広がっていき、体力に問題が生じて行く。「趣味の山」一点で合致はするものの、落ちていく体力に悲しさを感じるが致し方ない。 後は、どう頑張るかしかない。でも、私は幸せ。誰とでも仲良くなれる。こんな延長線で、世界は平和になれないものだろうか? いや、まず自分の家庭からかもしれない。(笑)



7/9 白山・白木峰と行って、今日は連休最終日。私は、必ず「休日は山に・・」なのであるが、「山ノ神」は、そんな事はどうでもよい筈。それでも、家に一人置いていかれるのも 寂しいハズ。(我が家には、車が一台しかない事情もある。)それは、「山ノ神」の希望であるから、それを理由には出来ないであろう。

 本当のところ、「山はいいや!」なのであろうが、希望を聞かれて城ヶ平山を提案した。簡単な山なのであるが、「水上から・・」の条件付きであった。 とにかく、県下でも、たくさん降ったところ、降っているところもあるはずで、降らない合間を狙っての山行である。ハゲ山・城ヶ平山を登るとしたら、こちらからの方が短いのであるが、 時間が足らなくなるを理由に、私だけがハゲ山の頂を踏んで来た次第。

 「山ノ神」が、城ヶ平山頂に届かない内に、追い付いてしまったが、そんな事はどうでも良かった。山頂から眺める雲は、今にも降りそうな顔をしていたが、小一時間の休憩時には降る事はなかった。 山頂で、例の冷たい物を飲む楽しみである「山ノ神」であるが、ワラビが気になり、その方がメーンになって、腰をおろしていた時間が短かったように思えた。

 その事が災いしたとは思わないが、峠山で15分も待った。「遅い。」とか「元気がない。」とか、言ってしまう事があるが、「山ノ神」が元気であるから、山に行けるのである。 例え山に行かなくても、元気でいて欲しい。寝込んだり、ケガをしたりしてしまったら、今のように出来るはずがない。「元気でいて、もっと私を自由にしてください。」と言いたいのですが。 私の体力も下降気味、誰とでも一緒に歩けるわけがない。でも、山は捨てきれない。



7/8 「白木峰のニッコウキスゲは、もう終焉を迎えようとしている。」という情報と、一日雨との予報に、どうしたものかと思ったのであるが、 雨の日は、八乙女山か小佐波御前山ばかりでは、面白くなくなって来ているのも事実。ならば、雨の降らない内に出かけようとなった。(降っても、多くはないと確信もして・・)

 今シーズン4回目(今年5回目)の白木峰であったが、ニッコウキスゲの状態は、今が一番ではないかと思った。そして、ササユリの数が私の知っている限りでは、 これだけの数が咲き誇ったのは、初めてではないかと思うほどであった。お天気はイマイチであったが、白木峰の風衝草原を改めて素晴らしいと、褒めてあげたいと思うくらいであった。

 カズミンさんに会えた。星さんにも。yoko女史にも。そして、瞬時の山の話で盛り上がったうさ女史。今後が楽しみになってきた。そしてまた、異様な格好で現れた香織さん達。 気に入ってもらえたら嬉しい限りです。



7/7 本当に晴れた。晴れた割には登山者は多くなかったように思えたが、それでも素晴らしい白山山行となった。問題であった「山ノ神」は頑張った。相変わらず山頂へは行かず、 室堂で時間を費やしていたが、それなりの満足感に浸っていたように思えた。謙遜の塊のようなマダオ氏は健在そのもの。今日は、年の差を感じながら、彼の後を着いて行くのがやっとであった。

 今年のお花は早いように思われた。何処のお山も、そのように思えるが、白山もそうなのかもしれない。神殿の後のクロユリがたくさん咲いていた。賽の河原から、室堂にかけてのハクサンコザクラや、クロユリは 、まだこれからのであったが、長い雨との兼ね合いは、どうなる事になるのだろう。でも、疲れたが楽しかった。ずっと喋り放しであった。



7/6 「明日は、本当に晴れるんだろうか?」マダオ氏からのお誘いを受けて、白山に行く事になった。「山ノ神」は、ヒメサユリの咲く山に行きたかったのか、 なかなか白山への返事をしなかったが、いよいよ置いて行かれると思ったのか、渋々だったかもしれないが、一緒する事になった。

 私としては、52回目となる白山であるが、100回はとてもじゃないが届かないだろう。しかし、何事も、早々に諦める事などないのである。「長生きするかもしれない。」 「ずっと元気かもしれない。」「日帰りがダメでも、泊まれば行けるかもしれない。」夢は大きく、そして、ずっと持ち続けたいものである。



7/5 「汗が吹き出て来る。」そんな表現が的を得ている。ちょっとした運動もそうだが、入浴後の汗は止まらない。拭いても拭いても出て来るじゃないか・・・ エアコンの無い私の寝床は2階であるが、階段を登っている時から汗が滲み出る。上がった途端に汗でびっしょり。でも、今夏も、私は耐える事にしている。

 以前(昔は・・)夏の暑さに耐えても冬の寒さが辛かった。気象が変わったからなのか、もしかしたら、寝具が変わったからなのだろうか、冬の寒さに耐える事が出来る。 布団は、昔の重たい物でなくなったし、素材がきっと違うのだろう。布団の上に、毛布を一枚掛けるようになってから、余程でない限り眠れない事はない。暖房機がなくても、襖が一枚なくてもである。

 しかし、暑さは、昔と違って来たように思う。流石に素っ裸で寝れないが、他に何も纏わなくても、暑くて寝られない日々が、年々多くなって来ている。 私は、年齢(老い)への抵抗と共に、暑さへの(暑さ対策の機器)抵抗を続けている。エアコンは快適に決まっているが、分からないが受け入れられない何かがある。

 「長生きしたいなら・・」なのであろうが、なかなか素直に受け入れられない。たまに、旅行して泊まった時や、その他の事での冷房の快適さは知っている。 今しばらく、「仕事場と台所(食事処)だけで凌ぎたい。」と言いながら、今夏の猛暑に負けてしまうかもしれないが・・・



7/4 「久しぶりに晴れた。」そんな感じである。明日・明後日は、ところによって違うようであるが、明後日の日曜日は、今のところ、降水確率は高いものの「晴れのち曇り」 のようである。このところ、雨ばかりだったように思っていたが、振り返ってみると、必ずしも、そうではなかったかもしれない。(高所や遠出はなかったものの、それなりの山行をしていたような気もする。)

 今夏も、計画はいっぱい立てている。雷鳥沢キャンプや、黒菱平のビアホールと唐松岳。メンバーはどうなるか分からないが、お花を楽しむ金山・天狗原山などなど。もちろん休日は全ててある。 今、戸惑っているのは、盆休をどうするかである。流石に10連休はダメだろう。例え、そうしたとしても、2~3分割にしなければなるまい。



7/3 私の父は男7人兄弟だった。その私の父方のいとこは30人ほど。その相方を含めば60人となる。私の父は6番目。そして、私は第5子。 7番目の第3子せっちゃん(世津子)のダンナが亡くなった。私と同い年である。役人で高いところまで上り詰めたかに思えたが、定年間近に病に倒れた。 しかし、晩年は元気そうに見えていたのであるが・・ そのせっちゃんが、体調を壊し ダンナの死に目に会えなかったという。

 健康年齢を越え、平均寿命に近付いて行く、我々団塊の世代の仲間達が、一人一人と欠けていく。仕方がない事だとは分かっていても、時には、やり切れない時がある。 膝が痛いとか腰が痛いなどは、体内の疾患と違い、その前兆とは思わないが、思うようにならない身体は気も重い。

 元日の震災で傷んだ屋根瓦の修復が、まだそのままである。業者の方々も忙しいから、なかなか順番が回って来ないのだろう。その修理に多額の金額を掛けたくはない。 「後、何年か分からない人生だから・・」と言ったら、「あれあれ、140歳まで生きるにのではないの?」と、横やりが入った。

 そうだ。「私は140歳まで生きるのだった!」 「来月に誕生日を迎えるのであるが、残り63年になってしまう。」このような事を言っているから、 誰にも相手にしてもらえなくなるのかもしれない。でも、私は、山で仲良くしてもらっている方々は、若い方々が多い。20歳も30歳も若い方々が多い。 そして、元気をもらっている。その元気をもらうためにも、自分自ら元気でなければいけないのだ!



7/2 早く起床したもの何処へ出掛けようか悩んだ。そして、出した結論が、今年4回目・今シーズン3回目の白木峰となった。私達にとって、今日の風衝草原は、一面黄色に見えた。 ワタスゲが終わり、ニッコウキスゲの独壇場であった事は間違いない。でも、ササユリもたくさんの蕾があり、これから楽しませてくれる事でしょう。でも、ずっと傘マークでは、ちょっと悄気げちゃうよ!

 今日は、たくさんの友人・知人とお会いし、楽しかったし嬉しかった。まさかわ・まきちゃんコンビに、ピチピチギャルのなおさん。高岡のかずみさん、金沢の中野女史と、もう一人のお姉さん(ゴメン!)YASU2401夫妻、SUN女史・ 星さん、高岡の宮重女史など。後の方の名が思い出せない。(ごめんなさい。) 最後は、白木峰山頂で、見た事のない楽器の演奏者の方とそのグループ方々。

 白木峰は通算69回目となったが、100回には程遠い。それでも、私の登っている山では、8番目に多く登っている事になる。高い山・遠い山・厳しい山には、段々と遠のいて行くが、それでも機会があったらと、 その意欲は衰えていない。傘マークばかり並んでいる週間予報には、イヤになっちゃうが、それでも低山とはいえ、山に出掛けているのだから、好山病に間違いない。



7/1 県下の至る所に大雨警報や洪水警報が出されていたし、それ以外にも注意報が発令されていた。雲の流れを見ていると、山沿いが極端に多く、 平野部では、この後、あまり降らないのではと、午前11時頃、上市の千石城山に向かった。通った路面は濡れてはいなかったが、川の水位は高く、しかも茶色く濁流化していた。

 でも、千石城山の登山道は、グチャグチャを予想していたが、水の流れがある所以外整然としていた。低く立ち込めたガスは、全くの見通しもなく、 「唯、登っただけ・・」、「身体の調子を整えるだけ・・」の歩きかと思っていたら、山頂で食事を始めようとしていた矢先に、Naoさんが現れたからびっくり。
 二人だけの乏しい会話の中に、彼女が加わってくれたのであるから、あっという間に時間が過ぎてしまった。次行く山の約束をして別れた。今日もハッピーだった。