1/31 来週の半ばくらいから、数年に一度の大寒波がやって来るという予報である。その前の今週末の土日は、曇りがちで気温は少し高めとか。私は、来月半ばくらいから、条件さえ良ければ、大地に出掛けたい気持ちでいっぱい。その先に、気になる一座があり、出来れば出掛けたいが、やっぱりお天気が良い。曇りがちであっても、視界良好でなければ面白くもない。

 静かな山も良いが、やっぱり楽しくなければつまらない。「ステキな山だよ!」などと、言い放っているだけに、気象確認してからになる。昨年は、好天に恵まれながら、夕方からの新年会があったため山頂には届かなかった。その事を事前に言ってはあったものの、少々残念であった。しかし、それなりに良かったのは間違いない。

急登箇所もありました。 樹林帯を抜ければ別天地です。 4人で出掛けました。




1/30 時々であるが、「今度の休日は何処へ行くの?」との問い合わせというのか、冷やかしなのか分からないが、いろいろな手段で飛び込んでくる。とても嬉しい事であるが、 先に約束をしていたとか、また「山ノ神」との兼ね合いがあり、なかなか上手く返事が出来ない事がある。誰とでも調和良く行動出来る方もあれば、そうもいかない方もあろう。 また、元気な方もあれば、そうでない方もあり一緒出来るかとなる。そして、「山ノ神」と、行動を共にするとなると、それはそれは忍耐が必要になってくる。

 そしてまた、私(達)の休日は日・月・火なのであるから、なかなか思うようにならないかもしれない。唯、お天気の悪い時は、八乙女山か小佐波御前山に行く事が多いので 答えやすい。しかし、このような時に行く方などいないと思っているが・・・・
 これからの時期、私は大地・初雪山に焦点を合わせている。それは、「山ノ神」にも言ってあるから、一緒しなくても、かなりの確率で行けると思っている。大袈裟に言えば、 休日は全部出掛けても良いと思うくらいに好きなのであるが、やっぱでも、行けない時は行けない。そして、随分と歳を重ねて来た御身である。誰とでも一緒出来るわけがない。 やっぱり、「考えが同じである。」「ペースを合わせてもらえる。」方などでなければ、期待外れになってしまう可能性が高い。

 「ずっと、大地に通い続けたい。出来れば、またキャンプをしてみたい。」など、年寄りのくせに、まだまだ夢がある。夢や目標がなくなったら、寂しいのではと私は思っている。 私は、日頃から140歳まで生きると豪語している。その140歳はどうしてなったかというと、70歳の頃、周りで終活というのであろうか?、整理片付けとか、今まで やっていた事をおしまいにするとか、前向きの方が少なくなっていくような感じに受け取れた。「寂しいと思った。」特別140歳に拘ったわけでもなかったが、70歳が 折り返しとしたから140歳になっただけで、もしその時、60歳であったら、120歳と言っていたかもしれない。

 そんな事はどうでもよいので、「元気でやり通したい。」だけ! いつかはダメになる私であるが、何か一つだけでも記録を狙いたい気持である。それは、いつか破られてもいいのであるが、一時だけでもトップに立ってみたい 可笑しなジジイなのであろう。「大地登頂100回」「初雪山登頂回数を延ばす。」「初雪山登頂最高齢」どれも、もう少し元気でいないとダメなものばかりであるが、今仲良くしてもらっている山仲間との交流が続く事にもなるから・・・



1/29 今日は、朝から寒かった。いや、昨日から、ずっと寒かったと言った方が正しいかもしれない。寒いと、どうしても動きが少なくなるから良い事なんかない。 やっぱり山に行けば、どうしても歩かなければならないから、それが良いのかもしれない。

 でも、最近、何だけ身体の異変を感じている。歯・耳に加え、昨年から膝が可笑しい。(雪穴に嵌まって、反対側に倒れたからかもしれない。)健康診断や検査を拒否しているから 分からないが、内臓にも悪いところがあるやもしれない。もっと心配なのは、頭の中が心配である。忘れる事が多いから、イヤになっている。

 でも、意地になっているかもしれないが、「今のところ、山だけが救いである。」しかし、皆さんにソッポを向かれたら、私の進む道は閉ざされるかもしれない。 何度も述べているのですが、「まだ、大地・初雪山がある。」大地の回数(100回)と、初雪山の最高齢を目指しているのだから、そう簡単にくたばれない。



1/28 最近、就寝中に、こむら返りで目が覚め、、ツムラ68番のお世話になる事が2度あった。今日は、起きてから、7~8m歩くのに、1分近く掛かるほど可笑しな事が起きた。 お尻と足の外側に何かが起こったのである。特別痛くもなかったが、足が前に出なくなったのであるから参ってしまった。しばらくして、時間の経過と共に、「何だったのだろう?」 になったが、「とうとう・・」などと、余計な勘繰りが働く。

 朝から雨。「山ノ神」は、早々に「今日は行かない。」と表明したが、私が行かない事はない。行かなくなってしまうと、もうお終いと思われるからかもしれないが、 こんな時こそ、「静かな山はホスピタルにもなる。」6合目まで林道を歩いてみたが、何故かピッチが上がらなかった。6合目~7合目の途中ぐらいから、雨が小雪に変わった。 ちょうど、その頃から普通に歩けるようになったと思っているが、外から見たら、どうなんだろう?

 こんな日には、やはり誰も登って来なかった。強弱を繰り返しながら小雪が舞った。時折、瞬間的であったが、陽も顔を出したりした。今年(今月)5回目の八乙女山は、 通算156回目になった。八乙女山に来るのが良いのか悪いのかは分からない。今のところ、お天気の悪い時に来る機会が多いが、もう少ししたら、「この山にしか来れない。」に なるのかもしれない。



1/27 登りやすいという事で戸倉山となった。高岡を6時過ぎに出たが、魚津から黒部間が意外と込み、登山口に着いたのが9時をかなり回っていた。 除雪車が動いており、この辺は雪の状況が違うと改めて認識せざるを得なかった。僅かならしきものはあったが、ノントーレス状態であった事は間違いない。

 昨日は日曜日であったが、入山者はいなかった事になる。この状態の中、戸倉山は初めてというtamu氏と言われる物静かな紳士が先行された。 脛まで沈むのであるから随分と助かった。私はと言えば、ちょっと甘く考えていたのか、地図のダウンロードを怠っていた。駐車した所は 電波が通じず地図を読み込めないため、致し方なく、富山の千石城山から引っ張るしかなかった。したがって林道歩きから始まった。

 白池は神秘的に感じたし、雨飾山がスッキリ見えるのであるから気分がいい。tamu氏に追いついたが、戸倉山を希望していた「山ノ神」の足取りが重くなって来ていた。 仕方なく、角間池で簡単なシェルターを造って「山ノ神」と別れた。15分ほど先行されたtamu氏に追い付いた頃は、雨飾山を含めた山々の展望は頗る良くなり カメラを構えなくてはならない。

 シェルターに荷を置いてきた事もあり、私の足は快調に推移し、少しは山頂に留まる事が出来、tamu氏とのお話も出来た。 山頂から角間池までは、15分もあれば降りれたので、後の段取りが楽になった。tamu氏にコーヒーをプレゼント?出来、車まで一緒する事が出来た。 林道から離れたルートを歩いたが、この点は「山ノ神」に軍配を上げなければならなかった。



1/26 安峰山に行ってきました。私としては初めての山だけに、「連れて行ってもらった。」のでした。何もかもお任せの山行の上に、私からみれば、 一世代違う娘さん達とである。(世間では熟女と言われているかもしれない。笑)もしかしたら、「楽しかった!」のは、私だけかも知れないが、 「また行きましょう!」の声が聞こえたかのようであったから、またその機会が生まれるかもしれない。

 折しも、Naoさんの「お誕生会」までセットされ、それはそれは賑やかであった。晴れ渡っていたが、標高1000m超えの飛騨の山である。陰ると寒いのであるが、 元気な女性の声は、ずっと遠くまで響いていたのではと私は思った。家に戻ると、孫のミーの誕生会も、セットされていたのだから、少々飲みすぎてしまった。(笑)



1/25 時々であるが、2024年のYAMAPで、累積標高を最も多く獲得したEievateExpiorer(エレベートエクスプローラー)で、「元さん富山市3位おめでとう。」 というメールやラインをもらう。「休日は山に・・」の延長であるだけに、特別な事はないと思っていた。ところが、だんだんと欲が出て来て、「もう少し登ってみようか?」 となってきた。

 そうなると、仕事をほったらかして山に行くか、それとも、仕事前や仕事後に歩くという事になる。それは、山を楽しむという事から外れ、何か狙うための手段となるだけに、 あまり面白くないやり方である。。昨年は、休日を利用して160回の山行機会を得た。今年は、一年のおおよそ半分の180回を目指すのも不可能ではないと思っている。  それは、今は日照時間が短いから無理であるが、もう少ししたら、夜明けも早くなる事もあり、月に2回程度、仕事前に、二上山周辺を歩いてみれば思ってしまう。

 1位2位の方は、毎日のように低山(おそらく200m~500mくらいの山)を、どうかしたら2座も登っておられた。これは仕事である。私は、そこまでしたくはないが、 「歳を取っても歩ける。」を、メーンにやってみるにも意義があるような気もしている。今春も大地に登りたい。初雪山にも行きたい。もしかしたら、 雪中キャンプも、なんて考えてしまう少々狂っている男だから・・・

 

1/24 山行に一緒した山友が、アルバムを作ってくれた。そのアルバムに、自分が撮った画像も送り込んでいる。そのアルバムの中から、自分が気に入った画像を ダウンロードし、YAMAPには、順調に取り込めるのであるが、そのダウンロードした画像は、そのアルバムでは見られるのであるが、自分のフォトやフォルダーなど で見る事が出来ない。「何処へ行ってしまっているのだろう?」

 「スマホの中のダウンロード先を、毎回探す方が難しいと思うので、発想を変えてLINEの画像を、自身のメールアドレスにメール添付で送るのが良いと思います。」 のアドバイスをもらった。また「添付方法は、画像を開いた際に出る、共有ボタンからメールの選択可能です。」 しかし、まだよくわからない。

 PCをノートに変えて、バージョンも変わってしまったのだから、やり方がまるで変ってしまった。アプリもである。スマホの画像も,、デジカメの画像も、有線で(コードを使って)取り入れていたし、フォルダーを作って難なくそこに収めていたのに・・・
 そんな事が出来るのかどうかも分からないが、私にしてみれば、少しばかりレベルが上のアドバイスばかりである。「私の年齢で・・」なんて言ってしまえば、 何もかもが終わりだから、決して言ってはいけないと思っている。そして、この先もチャレンジであるが、記憶力が付いて行かない。そして、メモも覚束ないし、 そのメモも何処へ行ってしまうのでは・・・・はがやしい・・・!



1/23 昨夜教わった事を、やろうと思っても、なかなか上手くいかない。「本当にダメだな!」また聞かなくてはならない。その前に、自分でいろいろ模索しなくてはならないだろう。 そうなると、時間が掛る。そして、いろいろな物を壊してしまう危険性もある。しかし、のほほんと、してばかりではいけないような気がする。

 ちょっと時間が空いてしまったが、久しぶりにメッセージをもらった。(LINE) あの方とこの方からであった。年齢差にも気にしないで、嬉しくなるようなメッセージである。 元気であれば、このように世辞を混ぜてでも、相手にしてもらえるのである。体力と頭が大事であるが、思うようにならないと言って諦めれば、もっとダメになる。



1/22 クイックシェア・クイックアシスト・WEB会議など、私の知らない言葉ばかり、昨年末から、PC・スマホ・プリンターが・時期を同じくして不都合となった。 スマホを買い替え・プリンターも動くようになった。しかし、PCは、バージョンが上がった事に加え、ディスクトップから、ノートに代わり、何もかもが変わっては、 HPの運用にも支障が出て来ていた。

 私の頼りは、娘のサー。近くに住んでいるが、仕事の関係上帰宅が遅く、なかなか、その力にすがる事が出来ないでいた。「助けてくれ!」と、今日の日中、3項目をLINEで送ってみた。 「午後9時からリモートでなら、対応出来る。」との返事が来たが、私にしてみれば、何もかもが新しい事なので、何度も「それ何?」「何処をどうすればいいの?」の繰り返しだった。

 でも、2時間かけて、ようやく何とかなったような気がしている。トップ画面の画像も新しいものが使用出来るようになった。でも、「明日になったら、また忘れる。」 程の私の現在の頭(記憶力)だけに、また迷惑を掛けてしまうかもしれない。でも、「臥せっている年寄りより、まだバカが付くかもしれないが、動き回っている親の方が良いだろう。」の切り札を持っている。(笑)



1/21 昨日のハゲ山・城ケ平山の後半から、ずっと引き摺って、夕飯も面白くなかった。山行火曜会からのお誘いがあったのに、その機運は全くなく、有志の皆さんに 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。今朝、いつもの通り、私が早く起きても、全く動じず?声を掛けても返事もなかった。「一人で出掛けても良いか?」 から、「もう一時間待つけど・・」など、トーンダウンして、ようやく起きてきた。

 「休日は山に・・」の私にしてみれば、山に行かないわけにはいかない。(笑) ラッシュの8号線はダメだから、県西部の山になる。高落場山にしたが・・・。
駐車場には好天であっても、平日だからであろうか、車は一台もいなかった。のち、高木氏と、こにたん氏にお会いし、下山時を一緒してもらった。いつのまにか「山ノ神」の表情に笑みが戻って来たように思うが、まだ分からない。



1/20 所用があり出遅れてしまった。それでもハゲ山・城ケ平山に行く事にした。夕方近くまで降らないとの読みもあったからである。しかし、「山ノ神」の 足が、今日はダメだった。昨日の頑張りと比べれば、全くと言ってもよいくらいの歩きだったからである。最も、読みが外れ、ツボ足が、その原因であったからかもしれない。

 西種・水上集落に着かない内に、雨に遭ってしまったのだからたまらなかった。しかし、今日は、折谷夫妻にお目にかかったのが収穫?だったのは間違いない。 城ケ平山頂で、雰囲気の良いご夫婦にお会いできたのも、ずっと不機嫌だった」「山ノ神」相手にしていた私から見れば、〇の域であったような気もする。



1/19 やっぱり今朝は冷え込んだ。車内の温度表示は-5℃。そして、登山口の駐車場での車の多さにびっくり。しかし、トレースが、しっかり付いていて歩きやすかった。 そして、意外にも「山ノ神」の頑張りが奏功し、4人全員で山頂に届いたのであった。今日は、片折岳くらいから風が強くなり、「夏道の登山口から4キロ地点」辺りから、 爆風という表現がピッタリの強風に何度も立ち止まされた。美香子さんの言葉を借りれば、「25m以上の強風」だったのは間違いないであろう。

 なのに全員が頑張った!カメラが凍り付いて作動しなくなってしまった。また、そのカメラも、出せないというアクシデント。私などは、何枚かの写真に指まで写してしまっていた。 まだ軽量のデジカメなら良かったかもしれないが、スマホ固定するのは難儀だったのは間違いない。そんな山頂には、ずっといるわけにはいかず、かなり降りてからの食事とした。 でも、今日の金剛堂山は、きっと忘れられない山行の一つとなるだろう。



1/18 明日は、金剛堂山に登る事になった。メンバーは「山ノ神」を含めて4名である。「私も行く。」と言った「山ノ神の脚力・頑張り」次第なのであるが、 「途中で止めた!」もあるやもしれないが、私と二人だけでないだけに、少しは頑張ってくれるだろうと淡い希望がある。

 明日も、今日のような好天予想なだけに、ゆっくり歩いて、雪山を存分に味わいたいと思っている。「速く歩かなくても良い。」から、「速く歩けなくても良い。」 に、トーンダウンしても一向に良い。そしてまた、他人様と違った楽しみ方をしたいと思っている。



1/17 今日は、こんな事があった。4~5年前に身体を崩され、外出がままならないK氏から電話をもらった。第一声が、全身を振り絞ったような声で、 「元気なんですか?」であった。事のつまりが、年末のPC・プリンター・スマホが不調になり、K氏に年賀状を出していなかったようである。350枚買った年賀状が まだ半分残っているのだから・・・
 相手側から届いたのから、返事を出していたつもりでいたが、落ち度ということになる。

 今度は、2時間後、T氏が寄ってくれた。「年賀状をもらったのだが、今年から勝手に自粛したもので・・」だった。昨年末にPC・スマホが可笑しくなり、 HPの更新が、2週間ばかり出来なくなった時、やっぱり、LINEで何人もの方々から、「元気なのか?」との問い合わせをもらった。訪ねて来てくれた同級生 もあった。
 今年は、このような事で、不義理をしてしまったが、「賀状を止める。」あるいは、「必要ない。」などの意見もあるが、一年に一度の機会を、 楽しみにしている方もあるのだと、改めて知る事になった。



1/16 「あの山に登りたい。」「まだあの山に登っていない。」などよりも、「好きな山に登れれば、それで良い。」になって来ているように思う。 まだまだのつもりであるが、きっと、何処かで、脚力の自信が無くなって来ているからかもしれない。

 当たり前かもしれない程の年齢になっているのだから・・・ でも、まだ意欲はたくさんある。溢れる程あると言っても過言ではない。しかし、意欲や希望と 体力は別物である。だから、「どれだけ歩けるかとか、どのくらいで歩けるか?」を把握しておかなければならない。

 「休日は山に・・」も、その辺から来ているのかもしれない。本当は毎日でも歩いておれば、そう極端に落ちる事を考えなくても良いからである。 月に、もう2回くらい歩いたら、昨年の160回から180回になり、2日に1回歩く事になるから、その感覚を持ち続ける事が出来るような気がしている。 最も、休日でないから、近くの山(例えば二上山)、陽が長くなれば、砺波や南砺の山に出掛けられるかもしれない。

 若い方達から、いずれ誘われなくなるのだろうが、一年でも長く、また一回でも多く、一緒出来たら楽しいに決まっている。そのためには、少しでも体力を 維持し、頭も、しっかりしていないとダメなように思っている。



1/15 平野には積もらないが、山に入ると結構積雪がある。私は、低山ながら、今年に入って、9回の山行機会を得ているが、山中で、あまり降られていない。 下山時に、少しばかりの雨に見舞われたのと、時々、小雪が舞ったのが何度となくで、恵まれた環境下?でのスタートを切っている。

これから、日照時間が長くなって来るから、少しずつ、標高を上げていくつもりであるが、気力があっても、身体が付いて行くかが問題となって来る。 「好きな事」だけに、「普通よりは頑張れる。」を糧に、身体と相談しながらとなると思っている。山の交流が広がっていき、性別や年齢を問わず、友人になっていくが、 「覚えられない。」を除けば、割と上手くやって行けているのではと思うが、独り善がりかもしれない。

 でも、楽しい。自分の子供みたいな年齢を飛び越えて、孫のような方々まで、仲良くなるのだからたまらない。「すぐに飽きられる。」のだろうが、 一時でも楽しい思いをするためには、元気でいなければならない。



1/14 県西部より、県東部の方が降らないと思って出掛けた小佐波御前山。意外にも、一人の男性登山者以外、誰もやって来なかった。 その男性は足が速く、すれ違う時、少しだけお話させてもらった。我々二人は、登り始めから険悪な空気が流れ、殆ど会話無なく、唯歩くだけであった。

 「静かな山」も、「つまらない山」になりかけるのであるが、喋らないと、死んでしまいそうになるから、どちらからともなく語るようになる。 それが、どうしてもの場合が多く、例えば食事の時の一言から始まるのもかもしれない。
 そんなのに、「またイやな事を言った。」から、再度無言の歩きになってしまう。こんなんなら、「誰か違った方と行けば良かったのに・・」 となるが、そこまで勇気がないのかもしれない。



1/13 久しぶりに牛岳にした。と言っても178回目。昨夜の雨は山では雪だったようで、それなりにキレイな山容を楽しむ事が出来た。3人の単独行に 抜かれたが、それはそれで関係がないと思って、我々のペースで歩いた。稜線に出れば、「山ノ神」の元気が戻って来たようにも思えたから不思議である。

 しかし、今回も三角点(最高点)で止め、自分なりの寛ぎ?に入っていた。その三角点から、山頂までの神秘に溢れた樹氷がキレイなのにと思っても致し方無い。 長くたくさん通った牛岳であるが、何もかも、至るところを、知り尽くしているかと問われれば、NOとしか答えられない。でも好き!

 3人の単独行の方々と、ちょっぴり話す機会があったが、話せば皆さんステキな方ばかり。(もしかしたら、山ではそう感じるのかな!)最後は、チカコkumacさんと出会った。 久しぶりである。「強者であるチカコkumacさんに誘われるのは怖いから、なるべく避けていた。」(笑)のに・・・ でも話すのは大好き! 「私の好きな山に、今度はこちらから誘ってみようか?」



1/12 好天に恵まれた高落場山行きを選択したが、結果はオーライ。たくさんの登山者が訪れ賑やかだった。それが、多過ぎと思われる方もあるやもしれないが、 自分も出掛けたのだから、それはそれで良しとしなければなるまい。私は多くの友人・知人との再会、そして、新たな友人を得たかのような山行に大満足であった。
 高落場山は、高清水山と共に、これからも人気の山になるだろう。しかし、お天気でなければ行く方もないかもしれない。!(^^)!



1/11 この2日間大雪の予報であっただけに、平野では大した事もなく、大方の人達は胸を撫で下されていたに違いない。それどころか、朝から陽が出て 気温も上がった感じであった。今日は、何処へ出掛けても良かったのではなかろうか?明日も、何とかなりそうなお天気!「山ノ神」との交渉?の余地が残るが、 高落場山へ行こうと思っている。

 新しいノートパソコンになってから、もう一か月余になるが、デジカメで撮った写真を、PCには送れるが、スマホには送れない。また、スマホからPCに遅れないでいる。だから、PCで最新のスマホの画像が使われず寂しい思いをしていた。今日、孫のミー(中3)が寄ってくれたので、その事を尋ねた。
 いろいろ教えてもらったが、イザ自分がやろうとしたら、上手くいかない。 QuickShareとか、共有だとか新しい用語を必死に覚えたが、やっぱりダメだった。しかし、おおよその要領は分かってきたから、あとは時間も問題だと思っている。頑張らなくては・・



1/10 相変わらずエアコンもヒーターもない部屋で寝起きしている。今朝の室温は4℃であったが、夜中トイレに起きる事はなかった。 しかし、何度も起きる事があり、歳の重ねを実感している。しかし、必ずしもそうでない事もあるが、就寝前に風呂に入ると、夜中のトイレは 無くなるか、少なくなる事は確実である。湯たんぽを抱えているのと変わらないかもしれない。

 この歳で、「それは危険だぜ!」の声を聞かれそうであるが、たくさん着込んで休めばいいだけの事。その前に冷え込むような事をやっておれば、 否応なしに身体も冷え込んでしまっている。そのような場合は入浴するに限る。どうしてもダメな場合は、靴下も履いた方が良いみたいだ。

 しかし、これが夏になると、事情が変わってくる。最近の暑さは尋常ではない。真っ裸になっても、暑い時は厚い。昨年は、一週間ほど、下に降りて休んだ が、しかし、自分の部屋でない?ので、休んだ気になれなかった。昨夏は、娘からのエアコンプレゼントを拒んだが、いつまで、そのような事が通用するか分からない。



1/9 昨年末以来、デジカメで撮った画像をPCへ送れるが、スマホに送れない。そして、スマホの画像がPCに遅れないでいる。デスクトップPCが、ノートパソコンに代わり バージョン・そして、アプリが変わった事で戸惑っているのが最大の原因だと思っているが、歳を重ねて応用が利かないのもあるのだろう。

 従って、新しい画像を、メーンページに載せられない事態になっているから憂鬱な日が続いている。早くこの状態を打破して、次の事柄についてチャレンジ しなければと思っているが、ななかなのようである。画素数を落としたりしているのであるが、まだ上手くいかない。また、娘の手を借りなくてはいけないようである。



1/8 中学以来の友人が訪ねてくれた。何十年も、欠かした事のない年賀状が来なかったから、身体の具合でも悪いのかと思ってである。 年末のPC・プリンター・スマホの不具合・不慣れが災いして、未だにi/3の賀状が出さずに残っている。今度は、届いた賀状を元に返信的 に出していたら、その整理が可笑しくなってしまったのもある。

 「出そうか?出さまいか?」迷った賀状!今からでもの気持ちがあるが、この様な事は、機運が乗らなければ、一向に上手くいかないものである。 しかし、AIが動く。私の全く知らない世界であるが、無視するわけにはいかない。先日のYAMAPの年間記録で、累計標高を最も多く獲得したユーザー の内、富山県ベスト3に私が入ったと記録されている。また、「活動日記でふりかえる山歩2024」は、私の(各自)ものを上手く纏めて上げている。



i/7 このようなお天気でも山(八乙女山)に出掛けた。可笑しいのではと思われがちであるが、トレランや他の趣味を楽しんでおられる方々と何ら変わらない。 私の場合は、山好きの他に、落ちていく体力を如何に留めておく(少なくする)かとの格闘である。

 体力の衰えは、身体の至るところに 不具合を感じるようになっている。それがイヤだから、近所の主治医に、「新しい病気を見付けてくれるな!」と、おかしなお願いをしている。 もちろん、健康診断なんて、今の私にはいらないのである。「元さん、そのような事言わないで・・」と言っていた看護師さん達も、もう諦めて何も言わない。
 しかし、そんな私でも、「長生きしたい。」「元気で長生きしたい。」「人様になるべく迷惑を掛けたくない。」は同じである。

 同年輩の方々が、だんだんと臥せっていく。私も、いずれそうなるのだが、「山の空気」「山での楽しい会話」などが、私にとっては妙薬となっているのは 間違いない。「歳だから・・」を己から発して、萎んでいくのも寂しい。「歳とっても・・」に置き換えて進む道を模索したい。

 山の遊びしか知らない私は、「休日は山に・・」であるが、「山ノ神」は、諦めているものの、やはり不満があるに違いない。でも、長い間このような生活スタイルで やってきているので、もう少し我慢をして欲しいと願っているが、思うようにはならない。2月・3月は、大地・初雪山モードなれば尚更である。 元日から今日まで1/4を除く6日間で、一緒するしたのは2日間だけ。



1/6 雨覚悟で八乙女山に出掛けた。登り始めに、ちょっぴり降ったが、その後は、どうなったのかと思う程降らなかった。しかし、いつ降るかは常に頭から 離れなかった。そんな中、「手袋をゲットした。」とのlineが写真付き送られて来た。昨日、山頂でお会いした土井女史からであった。安物の手袋であるが、 昨日の「なりさん」と、今日の「土井女史」に助けられたのである。そのような気分で歩いていた最後の林道で雨に見舞われた。

 助けられたと言えば、今晩、FFFTP(HPの送信側)の何処か、おかしな所を触ったため、データーの更新が出来なくなってしまった。近間にいる娘が頼りどころ なのであるが、勤務上帰宅が遅いため、なかなか助けてもらえない。でもSOSを送ったら、現場に来てもらわなくても、双方のPCで、そのチェックが出来るのを 見て、これまたびっくり! 「くたばって、臥せっている親より、チャレンジする親の方が良いだろう?」の思いが通じたのかもしれない。実に嬉しいが、 まだ分からない事がたくさんある。娘は、直に私に教えようとしないで、孫(中学生)に聞くように言うのであるが・・・



1/5 晴れかどうかは怪しいが、降らないと分かっておれば、屋根の必要がない山に行きたくなる。それに展望が加わればいう事なしである。 やはり、千石城山には、たくさんの方々がお越しになっておられた。いっぱい声を掛けてもらった。剱さまのお顔は見れなかったが、それ以上に楽しんだと言っても 過言ではないような気がする。

 yamapに3組の方々との写真を載せさせてもらったが、「ありゃ!」あの方ともと思っても、後の祭りも結構あったのでした。 そんな中で、少し離れたところにおいでたカップルの方に、何か言ったような気もしたが、また何処かでお会いした事があったのか、全く覚えていないのに、 私のyamapのコメント欄に投稿して頂いたのである。

 「私が車に戻る少し手前で、手袋を落としたようであった。」「元さん」と知って頂いていた事になり、 輪をかけて嬉しくなってしまった。 その事を上市の山友に託した。「安物の手袋であるが・・」山の友達が、このように出来るのかもしれない。しかし、 この年寄りが何にも知らない若い人たちと、そんなに仲良く出来るはずもなかろう!でも、嬉しい一日であった。



1/4 「休日は山に・・」以外、狂った生活をしている。HPはカチャカチャだし、年賀状も昨夜からやっと書き出したし、それもどうなるか分からない。 機器が変わったり、アプリケーションへの戸惑いに、私自身が可笑しくなっている。でも、ここで止めたら、何もかもが、おじゃんになるのは分かっているから、 出来なくても、やり続ける姿勢は保っていきたい。

 長男が帰阪し、また二人だけの生活になる。まだ近くに娘がいる関係上、下の孫(中1)が顔を出してくれるから、ちょっとばかし息抜きになっている。 だんだんと友人・知人がいなくなっていく現状だが、私には、まだ山友がいる。そして、どんどん増えていっている。しかし、これも元気であってこそ、 声を掛けたり掛けられたりするが、元気がなくなったら、それこそ一巻の終わりだろう。

 幸い、使い勝手が思うようにならずとも、lineを含めた便利な物があり、コミュニケーションが取りやすい。でも、身体もであるが、 頭の調子が悪くなってしまうと、それこそ友を失ってしまいそうである。山もSNSも失わないよう常に前を向いて歩んでいきたいものである。



1/3 今日も「山ノ神」は、テレビ観戦である。長男は夕方に帰阪する。そんな事もあり、山に行くのなら、お昼頃まで家に戻らなくてはの思いから、 二上山ではなく、やっぱり、八乙女山を選んでしまった。そして、お天気も良い方に傾いた。グルート氏や高木氏にも、新年のご挨拶が出来、それはそれで 有意義であった。家を出て、家に戻るまで5時間ぴったりであった。

 長男が帰る前に食事に出掛けたが、「山ノ神」は、その事自体に有意義さを感じているが、私は、のんびり家で食事をして語り合えば良いのにと思う タイプである。しかし、男同士あまり話がない。ありきたりの事しかない。私も父親とあまり話した事がなかったような気がする。

 昨日から、、YAMAPで「一年分の累積標高で富山県の3位」だというコメントやLINEを、「おめでとう」と共に頂いたが、何の事か分からないし、 どうして見るのかも分からなかった。ようやくその物を拝見するに至ったが、特別の事をやっているに思えなかった。

 そんなんなら、「大地山100回、初雪山登頂最高齢」を目指したいと余計に力が入ってきた。でも、一年一年馬力がなくなって来ている。 「病がなければよい。」だけではダメなような気がする。尚更「休日は山に・・」を続けなければならない事になる。



1/2 今日は、「山ノ神」恒例の駅伝テレビ観戦の日である。私は、相変わらず「休日は山に・・」であるが、雨であるからに 八乙女山とした。道中、雨であったが、登ろうとした時から雨が止んだ。昨日も、まずまずであったし、今日も、ラッキーそのものであった。

 始めこそ、スノーシューを控えたが、ちょっぴり高度を上げるだけで、使用アイテムとなった。

 7合目と8合目との中間辺りに差し掛かった時、マダオ氏からlineが入った。「今、何処にいるの?」であった。私の車を見てのアクションのようであった。 時間からして、山頂周遊を終えた頃に、マダオ氏が東屋にやって来るのと、同じ頃ではないかと思っていたが、ドンピシャであった。

 なかなか時間の取れないマダオ氏は、久しぶりの山行のようであった。でも、みたからに逞しい身体から、パワーが漲るように思えた。 日頃、話せないような事も何となくであったし、これからの山行にも及んだ。私は、ついつい、余計な事を言ってしまうが、ずっと先の事は言えない。

 でも、そう言いながら、余計なお喋りに至ってしまう。でも、喋れる事は楽しいのである。無口の私も、それを感じてから喋るようになった気がする。 お土産をもらった。大地・初雪山の話にもなった。もうすぐの話である。



1/1 お正月から縁があるのか、棚田夫妻と小佐波御前山に登る事になった。展望駐車場には入れず、下の大きな駐車場からのスタートとなった。 お二人は、日頃から身体をフルに動かされており、反面、また一つ歳を重ねた者として、ちょっぴり不安を感じたが、何も競技でないのだし、 楽しく一緒する事に努めた。最も、お二人は、自慢するよりは謙遜の方々であり、褒められたりすると、「こちょがしく」なってしまうから、何もかも 適度がいい。

 私としては、予想以上の雪量に歩きごたえを感じたり、樹木に付いている雪の美しさに、暫し足を止めたりしていた。時間の関係上、御前山で引き返して来られた ヨウヘイ氏にお会いした他は、山頂の祠までの方が一人おられたが、その後は、ラッセルというほど大袈裟ではなかったが、小屋まで真新しい雪を踏んでの 歩きとなった。

「小屋に同席する方がない。」などは、珍しい事であるが、「たまには、いいじゃない!」であった。何度となく屋根雪が落ちる音には、「地響き」までするのであるから、 「度肝を抜かれる。」と等しかった。  歩く事が楽しければそれでいいのであるが、何となく日頃と違う雰囲気で、ペラペラ喋るのも乙なものである。

 苦労したら報われるではないが、登りと違い、降りは得意不得意は別に快適なのである。もちろん時間も短くなる。そんな中、すれ違いざまに登って行かれ、 また降りで追い抜いて行かれる方があった。話せばフォローしあっている方であった。またまた喋りすぎたかもしれないが、その主は、「ヤマスギ氏」であって 凄い方のようであった。でも、何もかも」楽しかった。