天気予報は、決して良くないのだが、起きたら地面は濡れているものの見上げると星空だ。
 一ヶ月前からこの日は「剱岳早月尾根日帰りの日」と決めていた。少しでも汗を掻かない時期の方がいいと思うし、また、より「秋」を意識し、昨年よりは二週間遅く設定した。しかし、夜明けや日没の事を考えると行動時間が短縮されていくデメリットもある。

暗闇の登山口、馬場島
 8号線を東に走るにつけ空の星が消えて行き、それこそ怪しい雲行きになってきた。それが伊折橋を渡ってから、心配していた雨が降りだし折角、馬場島到着が5時前になったのに待機しなければいけなくなってしまった。
 夜が明けた頃、雨が上がったと思われたので、準備をし登り始めた。5~6分も歩くと樹木の葉に大粒の雨が当たり(実際の雨より大きく感じる。)バタバタ大きな音と共に否応無しに退却となる。
 車に戻り、雨の止むのを待っている間に、ウトウトしてしまい、目が覚めた頃は、もう6時を過ぎていた。霧雨で馬場島全体が靄の中という感じで、余り良い条件ではない。家に戻ろうかと迷ったが、かすかにほんの瞬間だが、雲が切れた空間が広がる事を信じて、明るい内にこの馬場島に戻れるか不安を持ちながらの出発となった。
 この3年間に3往復もしているから、ある程度の事は分かるが、早月小屋まで3時間、その先頂上まで2時間の行程は、一寸ときつい感じに思えた。
 登り始めから、一ふんばりするとすぐなだらかな道が続く。急登が続く早月尾根の助走路と言うべきか松尾平である。大きな水溜りが2ヶ所程ありその周りのむかるみを気にもせず、只、前に足を運ぶ。1時間程すると標高1200㍍の標識に出る。1時間で500㍍の標高を稼いだ事のなるが、早月尾根の標識は必ずしも正確なものではないから、一応の目安的なものに留めておいた方がいいかもしれない。
 標高1400㍍の標識の所では、北西の方向が少し明るくなりささやかな希望を膨らませる。標高1400㍍と標高1600㍍の標識の間は、12~3分で到達してしまう。私の高度計(これも必ずしも当てに出来ないのだが。)によると110㍍しか登っていないのである。標高1800㍍の標識を越えたあたりで中高年のペアが下りて来てニッコリいや苦笑いか!「昨日は雨。今日も登頂を断念し、下山するとの事。」
暫く行くと、うっかりすると見過ごすかもしれない登山道の真中に三角点がある。またもう少し登り詰めるとキャンプが出来そうな感じの広まった所に出る。地糖のある標高2000㍍には何故か、なかなか到達せず40分以上費やしてしまった。最後の急登をロープに繋がって登れば小高い展望の効く所に出るはずだったが、早月小屋の焼却炉の煙とガスの区別がつかないくらいさっぱりだった。
早月小屋前で
 昨秋新築なった早月小屋の前のベンチでこの3時間程の行程のメモを取っている10分程の休憩の間には、汗と霧に濡れた半袖姿の身体には流石に寒気を感じられずにはいられなかった。この暫しの間に赤谷.毛勝方面の頭の部分が見えたかと思ううちにまたガスに巻かれてしまった。
 早月小屋の横に一張りの水色のテントを横目で見ながら、木々の中に入っていく。その木々の切れ間から時々青い屋根の早月小屋を見下ろしながら森林限界の2400㍍の標識に出るが、他はガスで何も見えない。切れ落ちた所は樹木で見えないが池ノ谷側をトラバースするような感じで標識2600㍍の高台に着く。何時もなら剱尾根が北側に、大日連山が南側に勇壮に見えるのだが、かすかに大日の山並みの面が見え隠れするだけだった。
紅葉しているチングルマ
 2600㍍からは、池ノ谷側に大きくトラバースするようになるが、そこは一昨年の7月5日に、大量の残雪の中、アイゼンを付け登行中、池ノ谷側へ滑落しそうになり九死に一生を得た現場である。「何故、あのコースを取ったのだろう」と思うこと反省しきり。まず最初の鎖場を登りきると東大谷側が切れこんでおり、吸い込まれていきそうな感じの所である。
 標識2800㍍に到達しホットするのも束の間で、鋭い岩稜に張り巡らされている鎖は雨で濡れており、それを手繰る軍手は、一握りで絞れば滴れ落ちるほどの水分を吸収してしまいおのずとずり落ちそうになってしまう。ペンキで大きな目印が施されているなだが、濡れた岩場はどうしても慎重になってしまう。
 霧雨の中、多くの時間を費やしたもののようやく別山尾根との分岐に出る。二ヶ所の標識があるものの、結構広いので帰路ガスに巻かれた時のことを考えコンパスで方向を確認した。あと5~6分行く所に頂上があるのだがこんな天気では人影が当然ない。折角担ぎ上げて来た重い三脚を立てカメラが濡れるのも心配だったが記念写真となる。この時期この天候で半袖姿では、ガタガタ身体が震え上着を着ても冷たいビールは、味もなく只冷たい水にしか思えなかった。
霧雨の中寒い寒い剱岳頂上で
 遠い景色どころか、八ツ峰も源次郎尾根も見えぬ淋しさでは、長居する事もなく、足は必然明るい内に馬場島へとなる。上りにあれだけ滑りに気を取られたが、下りは心配する事なくスムーズに事が運んだ。2800㍍と2600㍍では、小休止を入れたが、後は日没との戦いになった。
 早月小屋発が3時半を回っていたので、ある程度は暗くなるのを覚悟した。1時間に何㍍下りられるかと言う事になるが、長丁場では、500㍍がいいところだ。1400㍍では、お腹がすいてしまい、最後の水を飲み干した。
 もうこの頃から雨も強くなってくるし、また迫りつつある暗闇への挑戦であった。過去に真っ暗になった時の幻覚や幻聴の苦い経験が脳裏を掠め次第に足が速まった。少々の木の根や水溜りには何のその!急げ急げである。行っても行ってももうすぐのはずがまだまだ!本当に後一下りと思った時は、足が前に出ず一歩一歩階段を降りて馬場島の車に着いた。







  ☆☆☆ コースタイム ☆☆☆

高岡3:40→馬場島(4:50~6:20)→標識1200㍍(1280)7:20→標識1400㍍(1440)7:40→ 標識1600㍍(1550)7:53→標識1800㍍(1740)(8:14~20)→三角点8:35→ 標識2000㍍(2100)9:00→早月小屋(2240)(9:23~35)→標識2400㍍(2480)10:10→ 標識2600㍍(2540)(10:34~40)→標識2800㍍(2800)11:28→別山尾根との分岐12:08→ 剱岳頂上(12:14~40)→別山尾根分岐(12:45~57)→標識2800㍍(13:33~50)→ 標識2600㍍(14:25~45)→標識2400㍍15:04→早月小屋(15:30~37)→標識2000㍍15:53→ 標識1800㍍16:30→標識1600㍍16:49→標識1400㍍(16:58~1703)→馬場島(18:05~13)→ 高岡19:30

  ☆☆☆ 単独行 ☆☆☆


  ◇◇標識の後のカッコ( )は、高度計の表示。◇◇