8/16 午前中は気まずかった。「山ノ神」が、無理難題を持ち掛けてきたが、当たり前と言えばそうかもしれない。そんな事もあって、お昼前から、七尾市の鵜浦から観音崎(内海)に車を走らせた。山派の私には似つかない所であるが、「山ノ神」を怒らすわけにはいけない。抜糸が待っている歯科医にも付き合った。

 こうなればこちらのもの。明日から3日間雷鳥沢キャンプに出掛ける。本来なら剣沢まで行くのであるが、今回だけは、一人でゆっくり過ごしたいと思っての事。もう、疲れるのはイヤになった。のかもしれないし、静かにと言っていても、誰かとお喋りをするかもしれない。

 でも、只々、大自然の中で、ゆっくり過ごし、いろいろ考えてみたい。お酒を飲みながら、考えれるのかは分からないが、それはそれである。 何せ140歳まで、元気で生きながらえなくてはいけないのであるから、こころの洗濯とでもしておこう。



8/15 エアコンのない部屋に何の躊躇いもないが、熱帯夜と言えども30℃超えでは、さすがの私でも、ぐっすりとは眠られない。予定の時刻に目を覚ましたが、何処か可笑しかった。そして、スタートも遅れてしまった。まだ降らないだろうから、牛岳の方が展望が効くと思っていたが、午前8時過ぎには戻れないと思い八乙女山にした。

 砺波市郊外から朝焼けの写真を撮った。大平展望台から牛岳を撮ってみた。八乙女峠からも撮ってみたが、山よりも雲の色や形に視線が向いていた。歩き始めは、寝不足・寝起きなどから足が重かった。それよりも、もしかしたら何処かで倒れるのでは無かろうかとさえ思った。

 でも、次第にいつもの歩きに戻っていった気がした。「山の空気」は、私にとって妙薬。歩く事は、未来への礎。 5日間の休日を全部使わない。そして、2日間は「山ノ神」の要望を聞くとなっていたので、よそよそと家に戻ったが、特別のお出掛けはなかった。終いには、気まずくなったので、風呂掃除をして気を紛らわせた。



8/14 暑い!とにかく暑い! エアコンがなく、風も入らない部屋で寝ているから、汗びっしょりの毎日である、そして、本当に寝ているのか疑わしい。だから、日中は、すぐ眠たくなる。

 今年の盆休は、珍しく5連休としたが、先日の「山ノ神」の負傷で、計画が大幅に狂ってしまった。そこに台風が加わるのであるから尚更である。しかし、過去の盆休を振り返ってみると、必ずしも好天に恵まれ、また計画通りになったとは言えないようである。

 まだちょっとでも出掛けられる。そして、僅かな時間でも自分のものに出来るのであるから、幸せだと思わなければなるまい。明日も明後日も、皆が寝ている時に出掛け、起きる頃に帰って来られれば何の文句も出ないであろう。でも、熱帯夜続くのでは思うように事が運ぶだろうか?



8/13 暑かった大日岳であったが、戻ってビールは飲めたし、身体は何ともない。本来なら8/15~19の休日を、どの山で過ごそうかとなるのであるが、今夏はそうはいかない。「山ノ神」の抜糸 (歯の治療) の日が8/16となった。車の運転にまだ自信のもてぬだけに、私が送迎をせねばなるまい。また、一日くらい付き合えと言われているので、台風の事もあり、単独の私の山行は、8/17~19にずれ込みそう。

 とは言え、8/15・8/16も、やり方次第では、近間の低山へ行けない事もないような気がする。また、母校が甲子園で勝ち進んでいる。テレビ観戦があるかもしれない。しかし、一回戦は、東北遠征の帰りラジオで、二回戦も大日岳の帰りで車の中。じっくりテレビ観戦で勝ったためしがないだけに、何処かへ出掛けていた方が良いかもしれない。



8/12 称名道路のゲートは午前6時前から開いていた。それだけ多くの登山者が押し寄せていた事になる。暑かったが、厚い雲に覆われ展望はイマイチだった。大日平から最初の水場くらいまでは、かなり順調な歩きで、当初の計画登り5時間、降り4時間を遥かに上回っていた。

 ゆっくり歩きに心掛け、水分を充分に取る。コーヒー好きな自分であるから、水は3L、出掛けに「山ノ神」から、凍ったペットボトル1本と、小型のテルモスを渡されたから、ちょっと重さが膨らんだ。そのような事は理由にならないが、やっぱり次第にペースが落ちていった。そんなところに、一人の女性に追い付かれた。「何処から?」 と尋ねたら、魚津の返事。何となく、二度お会いした (と言ってもそんなにお話はしていない。) 「下司女史かな?」 と問うとそうだと言われた。

 そうなると、何十年来の友達のように、一緒してもらう事になる。話せば、それこそ、湧いてくるようなもので、次から次にである。大日岳の山頂で食事も一緒して頂いた。そんなところに、一人の青年が走るようにやって来た。先にやって来ている女性の友かと勝手に思い込んでいるもので、シャッターを切ってもらった女性に申し訳なかったと言っていたが、全くの勘違いであった。

 しかしである。その青年(藤林君)と馬が合ったのか、私達に合わせてくれたのか分からないが、降りは、ずっと一緒してくれた。調子に乗った私は、無口なのを忘れてしまい、ずっと喋っていたようであった。でも、楽しかった。「若いって、本当にいい。」 最近、山を始められたようなのだが、ずっと、このまま山を大好きになってくれたらと思わずにはおれなかった。

 ずっと、一緒してくださった、下司女史にしても、この若者と一緒していた事に楽しくないはずはなかったと思う。大日平山荘でコーヒーを振る舞うと言っていたのに、山荘で水を買わなければいけないようにしてしまい申し訳なかったと思っている。初期の冬山(雪山)入門のお手助けは出来ると思うので連絡ください。あっ、お二人の連絡先も知らないのであるが、縁があれば、また再会もあるだろう。



8/11 明日の休日は、遠い所へ出掛けないを条件に単独の許可が出た。お金が掛からなくて、ちょっと高いところで、大日岳が適当かなと思っている。でも、この暑さだから、水をたくさん持って、ゆっくり歩きを心掛けたいと思っている。盆休(8/15~19)は、5日間を全部使わないとの条件で合意したが、お天気が気掛かりである。



8/10 「山ノ神」の前歯3本抜く羽目になった。残念だが仕方がない。早くまともな食事が出来るようなれば良いのだが・・・ そして、まだまだ人前に出たがらない。仕事が出来ないのだからやむを得ない。



8/9 今度の休日(山の日の振替休日)は、白馬岳か白山の予定であった。8/15~19は、ゆっくり北アの山に浸かりたいと思っていた。ところが、今回の惨事で計画が、パーになる可能性が出て来た。「山ノ神」は、自分の事が出来るのであるから、私だけでも、休日の有効利用と投げかけているのであるが奏功しそうにない。

 でも、盆休を2つに分ければ、何とかなるような気がする。山の日も仕方がないと思わせればよい。「私だけが楽しむのが許せない。」 らしいが、それなら、「早く治せ!」 である。何でもない所での事故なのであるから、これからは、もっと注意して歩かなければいけないのであろう。



8/8 まだ疲れが取れないのか眠たい。そして、「山ノ神」は仕事は出来ない。車の運転も自信がないからと出来ない。まだ何とか食事を作ってくれるから助かる。過去にも雨飾山で墜落。犬ヶ岳で雪渓から滑落。でも、実際は、私の方が仕事出来なくなったのが多いかもしれない。指・甲・腕などの骨折が何回となくある。動かさない期間が長いほど、イザ動かそうと思っても動かないのである。



8/7 午前1時頃家に戻った。濡れものだけ片付けて風呂に入って寝たが2時半頃であった。そして、準備や気に掛かる事があったので、5時半頃に起きた。座ったら眠ってしまうほど眠たかったので、ずっと動いていた。「山ノ神」の打撲した顔が、ますます黒くなってきた。肩が痛くて上がらないという。食べないわけにいかないから、お粥を作っていた。まだそのような事が出来るから良いほうかもしれないが、ねじったり挙げたりは出来なかった。

 すぐに病院・医院に行くように勧めたが、「山ノ神」は、なかなか腰を上げなかった。ようやく午後になって行くと言い出したが、何処へ行けば良いのか分からない。仕方なく総合病院へ行ったが、紹介状がないし、午後の診療はない。でも、対応してくれた看護師は、とても親切で話を聞いてくれ助言をしてくれた。

 結局は、紹介された開業医に出向いた結果、肩の骨にヒビが入っている。2週間後MRIを撮るとの診断で痛み止めだけ。「肩を動かすな!」 との事だから仕事は出来ない。「顔は別の病院へ行ってください。」 だから仕方がない。



8/6 午前4時頃起きてコーヒーやスープを飲んで、コンビニでおにぎりを買ったものの、また戻って来て道の駅付近から赤坂峠に向かった。この暑さからか、また簡単に登れるからであろうか、私達が一番乗りであった。黙々と歩くだけで一合目から九合目までの標識をこなした。八合目付近から、シャクナゲの木が多くあり、そのシーズンに来られれば最高なんだと思った。

 石楠花荘という避難小屋を利用しなかったが、バイオと思われるトイレと共に整然としていた。ベンチもあり、休憩場所には最高の所に思えた。その先は、シャクナゲの群落を潜って10分ほどで日枝神社が、またその先のなだらかな(高度感がない。)ロープの張ってある中を、またまた10分程歩いた所に三角点と山頂の標識があった。

 地理的に見て、三陸のリアス式海岸の眺望が見られるのではと思っていたが、その方面の展望はイマイチであった。山頂では、北海道の山を登り終えて、福島に帰る途中に寄ったという菊池氏と少しお話が出来た。山で出会う人達は、私と同年代より、少しずつ年下の方が多くなって来た。

 暑くて汗がタラタラと滴り落ちる天候であったが、5人の方々と擦れ違った。「このくらいの山だと、少々年齢を重ねても登れるね!」 と快適に下山中だったのだが・・・・ 4合目を過ぎた何でもない所で、「山ノ神」が前のめりに転倒した。顔面を強く打ったようだった。起き上がろうとしたがなかなか動けなかった。部分入れ歯が飛び出して、口の中が切れたようで出血していた。顔は泥だらけ、服もズボンも泥だらけ、ようやく起き上がったら、擦過傷はないにしても、顔全体が痛いようであった。手を出して持ち上げようとしたが、肩が痛いようであった。でも、歩けるようなので助かった。後1時間のところであった。

 赤坂峠に戻って、すぐに高岡へ戻ろうか、計画通り海岸線を走るかになったが、「山ノ神」は、「もう来る事などないかもしれないから、復興の様子を見たい。」 と言ったので、釜石方面(三陸町)に向かった。三陸町から大船渡・気仙沼までの予定が、石巻・仙台港、そして、白石で東北道に乗った。

 「山ノ神」は元気がなかった。ドアを開け締めするのも大変。物を食べるのも大変だった。口を切っているからもしれないし、歯が曲がったのかもしれない。肩も上がらない。冷房が寒いとまで言い出した。東北から磐越を経由して北陸道に入ったが遠く感じた。睡魔との戦いもあった。



8/5 今日は2座目の森吉山である。花の百名山であるが、時期的には、ちょっと遅いかもしれない。登山ズボンがないため、日焼け止めを足にも塗ったが、いい加減な塗り方だったのか、結構焼けて痛い。また、キャンプ地の食事でも結構気を遣った。

 予定では、森吉山高原キャンプ場・こめつが山荘辺りから登るつもりであったが、服装の配慮から阿仁ゴンドラを利用する事にした。特別の事がない限り、ゴンドラやリフトなどの乗り物を乗らない主義にしているが、今回ばかりは山頂に立つために仕方がなかった。

 ゴンドラに乗るのは、距離的にはちょっと手前だし、運行時間的にも急がなくてよい事になった。しかし、カーナビは、「阿仁道の駅」 付近でとんでもないところへ導き、かなりの時間右往左往しなければならない羽目に陥った。しかし、冷静に判断すれば、立派な道に辿り着く事が出来る。

 ゴンドラの所要時間は結構長い。だから暑くて息苦しかった。今日も仕方なく短パンである。それに気持ちだけであるが、虫除け対策として ”ウチワ” を持参した。「ゴンドラを利用すれば森吉山なんか簡単だ!」 と言っていたが、そうもいかなかった。例の如く、「もう少し・・ もう少し・・」 と言いながら「山ノ神」を引っ張った。

 花の百名山とは言え、ハクサンシャジン・クルマユリ・ギボウシだけが目立った。お花は、こちらの都合に合わせてくれない。それを望むのなら、また出直しすれば良いだけの事。それでも、擦れ違う人達と、また、抜きつ抜かれつの人達との会話も楽しい。いつもこんなのなら、平和なのにである。

 山頂で、諏訪部女史一行と出会った。賑やかで楽しそうなパーティーである。昨夜は、休暇村のキャンプ場で、同女史と「山ノ神」が話をする機会があったらしく、またお会いするとなると、旧知の仲のような感じになるから不思議なものだ。山頂から山人平に向かってちょっと降った所に、ニッコウキスゲの群落があった。今回黄色い色を初めて見ただけに、とても新鮮に思えた。

 ゴンドラ駅に戻ってからである。当初の計画では、先に予定していた森吉山高原でキャンプする予定であったが、今更そこへ行って泊まる事もない。ゆっくり観光しながら南下するのも一つであったが、前々から、五葉山にも行けないかと模索をしていた事があった。今回は、一日前倒しになった事もあり一気に浮上した。

 五葉山は、いろいろ計画するに離れた所にある。でも新たに出掛けるのも結構もったいないの気持ちがあった。それと、「あの大震災後の復興はどうなっているのか?」 「見てみたい。そして、何かを食べたり買ったりしたら、現地の人達の応援になるのでは・・」 があった。ましてや三陸海岸などは、足を入れた事のない地でもあった。

 五葉山の赤坂登山口まで、200キロ程である。東北道に乗って釜石道に入った。古い地図には乗っていないし、今日は何処で泊まるかも決めていなかった。当てずっぽうで住田町(岩手県)にしたが、やがて薄暗くなってしまった。コメリがあった。GSに行っている間に「山ノ神」が、コメリで作業ズボンのような物を買ってきてくれた。

 今更、登山口に行くのもおっかないし、道の駅を探した。最短でも20キロである。「道の駅さんりく」に行く事にしたが、大船渡から釜石方面に向かわなくてはいけない。それなら、始めから釜石道で行けば良かったのかもしれないが、そんな事がわかるはずもない。そして、またビールを買いに行った。



8/4 高速は朝日ICから。ちょっとでも安くあげようという計らいである。北陸道・日本海東北道を経由し、まほろば朝日の道の駅で仮眠。仮眠と言っても私はあまり眠られない。午前4時にスタートし北上。古い地図とカーナビも新しくないので、スマホナビを活用したが、よくわからないまま、田沢湖に出、目的地の乳頭温泉に着いた。

 休暇村のキャンプ場を利用する予定であったが、午後からでないと利用出来ないと言われ、予定を前倒しにし、乳頭山(烏帽子岳)に登る事にした。ところがである。またまた大失態である。登山ズボンを忘れて来たのである。日焼けや虫刺されの事を思うと、短パンはいけないのであるが、ここへ来て登らないわけにいかない。

 大釜温泉を経由して孫六温泉から登り始めた。日曜日だからであろうか、それとも三百名山であるからか、意外と登山者は多い。樹林帯を抜けると、アオモリトドマツが目立つ。そして、東北北部特有の穏やかな山容が飛び込んで来る。山頂は、岩がゴロゴロしていて、片側が切れ落ちている。もうちょっと時間を掛けられれば、秋田駒ヶ岳までの縦走路もいいかもしれない。

 山頂で宮古(岩手県)から来られた榊原氏とお話をする機会を得た。そして、下山を一緒させてもらった。休暇村からかなり離れた所にキャンプ場がある。手続きをし、設営を終えてから、また休暇村本館に戻り入浴、そして、20キロ以上離れたコンビニにビールを買いに行った。なにはともあれビールである。(二人で500ml 6本)

 キャンプ場は空いていた。私達はフリーという所での設営であったが、サニタリーの設備は整っていた。(炊事場・洋式トイレ・洗濯機・コインシャワーなど) 疲れていたのでぐっすり眠られた。



8/3 今回の東北遠征は観光的山行の色合いが濃いとは言え、そんなに余裕はない。精々、田沢湖・角館くらいである。もしかしたら、帰りも夜行となる。そして、初日は、車で仮眠、そして2泊ともキャンプの予定である。きっと、疲れ果てて帰って来るだろう。



8/2 忘れ物の多い私達は、明晩から出掛けるため、いろいろと車に詰め込んでいる。その時の思い付きで、あれやこれやと車に入れている。それでも、なかなか忘れ物ゼロとはいかない。そんな時、娘がやって来て、明日は有峰に行くという。詰め込んだ荷はどうしよう? 崩れないようにして、そのまま貸し出そうか? いやいや、全部出して、思い付いた物を追加せねばならない。何もかもいっぺんに出来ないようになって来ている・・・・ 悲しい事だ!



8/1 仲間からミョウガ採りの誘いがあったが、「山ノ神」の強い要望を加味し、8/4~8/6まで、東北遠征する事になった。一日一座の欲望を抑え、今回は割りかし登りやすい山(森吉山・烏帽子岳(乳頭山)だけに、観光山行の色合いが強い。とは言え、8/3の夜に出発する事から、止めようとしている夜行運転が付いて回る。

 今回、「山ノ神」に答えた感じになるから、盆休(8/15~8/19)は、私の意見を通してもらうようにする? しかし、それもお天気次第になるが、例え、全休日日帰り山行になろうと、北アの山々か富山の山にしたい。出来れば、高い所で涼しく過ごしたい。それも、長くである。問題は食料の補充である。いろいろと考えてみたい。その計画を練るのも楽しみの一つでもある。