1/23 このところ両親が遅いので孫達は我が家で入浴・食事をしている。それでも帰って来ないので、年賀状お年玉当選番号を探させた。なかなか当たらないのは分かっているが、彼女らは、特賞・一等が当たらないかと真剣そのものであった。結果は、下二桁の切手シートだけだったが、(切手シート9枚)結構楽しんでいたようである。

 自分の子供には、「山に行けないから私の休日には来るな!」 と言い続けていた冷たい親なのだが、それでも、困っているのなら、何らかの手助けはせねばなるまい。私は、世の中どころか、肉親たちにも、優しさなんを与えた事がない薄情な男・そして親だ。

 でも、寝たきりや認知症にならないように努めようとしている。これは思うようにならない事も承知のコメントなのだが、そうならないようなら、少しでも長く元気でいなければと思っている。これがせめてもの愛情?かと可笑しな思いでいる。だから、雨でも雪でも歩かなければいけないような気がする。



1/22 俄然、慌ただしくなって来た。町内会の新年会が来週の火曜日、明後日は、連合自治会長会議(懇親会付き) もしかしたら、日曜日は孫達の面倒を見なくてはいけないようだ。一番の難題は、新年会の段取りである。会場はレストランなのであるが、挨拶や余興などがあり頭を痛めなくてはならない。

 それを乗り越えれば、主なものは総会だけである。それも問題がないわけではないが、その暁には、”楽園” が待っているようなものだと思っているが、世の中はそんなに上手くはいかないのが常。次から次へと、悩み(問題)を探してくるようなものなんだから。でも、病でなければそれでいい。そして、何もかもが脳トレだと思う事にしている。



1/21 毎週日曜・月曜を休業日にしてから、すぐ休みが来る。迫って来ると言った方が当たっているかもしれない。何せ休日と休日の間が、中5日なのだから当たり前なのだろう。だから、今までもそうであったが、当HPの更新に追われる形になってしまっている。

 FBやBlogに変更すれば、それまたその味が出るであろうし、機械的に済ませれるところもあるから、事務的には楽になるような気がするが、今更そうする事もあるまい。2/6で、当HPも満20年になるからである。変に拘っているわけでもないが、拙いHPを止める時は、山歩きが出来なくなった時だと思っている。

 でも、私には一つの目標がある。80歳過ぎても雪山でキャンプをやれる。続けているというものである。そして、それこそ自慢してやると思っている。マスターズで高齢になってから表彰台の上がれるというのがあるが、もしかしたら、それと似ているかもしれない。

 それには元気でおらなければならない。拘りがあっても頑固なのは良くないような気がする。いろいろな知恵を借りて、また鍛錬を怠らなければ、それ相当までいくような気がする。幸い周りには、お手本となる池田氏がある。謙虚で自己管理が出来る方である。出来れば、もう一つ上を狙いたいものだ。



1/20 相変わらず雨でも行く。しかし、八乙女山登山口で雨が止んだ。7合目辺から昨夜の雨が雪になったらしく、ちょっぴり白かった。8合目から、雪上を歩く。そして、雪が降り出した。その雪も降ったり止んだり。そして、時たま青空らしきものが顔を出しては、すぐ隠れるという空模様。

 雨だったら八乙女山だったはずなのに、大寺山までというと、「山ノ神」の顔は曇った。しかし、八乙女山だけだったら、井波まで来なくても、地元の二上山でもいいはず。なので、林道歩きでも良いからになった。しかし、800mを超えた辺から、雪量が増えた。私には膝下であるが、「「山ノ神」には膝ラッセルになった。

 一本ずつ持ったストックを「山ノ神」に渡し、私は、ストックなしになった。でも、訓練・鍛錬と思えば何という事もない。それでも、「山ノ神」は遅れる。今日は、午後5時まで帰宅しなければならないし、何処で引き返すか、何処で食事をするかを考えなければいけなかった。

 山頂まで、直線であと200mの所で、食事処にしようか迷ったので、荷を置いて「山ノ神」を迎えに行った。(荷を担ぎに行った。)それでも、山頂に行くという事になって安堵したが・・・。そして、言う事がきつい。 ”先に行ってお湯を沸かしておけ!” なのだから!  山頂に行ったら、早速ビールである。”こんなに寒いのだから飲まなくてもいいのに・・” だが、余計なお世話とか。

 小一時間山頂に滞在。のち登山道(道宗道)を提案。「林道は遠いよ!」 も付け加えた。昨日のものと思えるトレースが、かすかに残っている。そして、急斜面も雪量がそれなりにあったから、滑る心配もあまりなかった。そんなので、今日も7時間山中で戯れた。歩けば歩くほど元気になるのならいいのだが、そんなに上手くはいかない。

 

1/19 今日はハレルヤ山行。やっぱり晴れた。不思議なくらいである。城ヶ平山・ハゲ山にしては、午前7時集合とは早くないと思っていたのであるが、城ヶ平山でもハゲ山でも、剱岳を含めた高山を眺めながらのコーヒータイムで美味しい物が出て来るし笑いがいっぱい。

 究極は、”おおかみこどもの花の家” で、食事付きの大休憩であった。各山頂で大展望を得たものの、泥濘に苦戦も強いられたのであるが、世話方の尽力で素晴らしい山行となった。また、久しぶりにお会いした方々とのやり取りにも充分堪能出来たのである。



1/18 S先生に、またまたご足労を掛けてしまった。でも、パズルでも解くような動作に、只々驚くというのか、未知の世界で何も分からない。感謝以外の言葉が見当たらない。明日は、ハレルヤ山行である。久々に参加となるが、顔を合わせる面々に叱られるかもしれない。そして、城ヶ平山・ハゲ山の行程であるが、集合時間が早い。遅れないように行かなくては・・・



1/17 HPの書き込みが出来ない。PCは動くのだが困ってしまった。前日も同じような事が起き、S先生に直してもらったのであるが、再び動かなくなってしまった。私には分からないが ”属性” に関する事のようである。今日は何もしないで寝るしかない。



1/16 中5日というのは、すぐに休みが来る。そして、毎週連休である。こんなのは当たり前なのだろうが、ここに来て、ようやく世間様と同じレベルに近付いたという事になる。(まだまだ祝日の分が足りないが・・) しかし、山ばかりに現を抜かしているのでは、家の事などは、そっちのけで何ら変わらない。

 そしてまた、働いていると、その拘束されている時間はお金を使わないし使う事もない。それが家から必ず出るのであるから、その差は歴然とするし、積み重なると大きい。しかし、好きな事をしているのだから、何も問題はない。

 我が家の法則いや基準では、ガソリン(現在は軽油)とアルコールは絶やさない(ケチらない) としている。パイは同じなのだから、他にしわ寄せが来るが、それはどうでもいい事にしている。食べる物・着る物を我慢しても耐えられるのである。最も酒類も上等の物を飲んでいるわけでもないが、それはそれで自分達に似付かわしいものと思っている。

 近年は、客人をもてなす事に注力をしているが、これは相手様の想いもあるので何とも致し方ない。でも、我が家を訪ねて来てくれる人を蔑ろには出来ない。自分の力以内の事で迎えるにしている。遠方からくる人には、山小屋くらいに思って来てくれと言っている。後は、気持ちだけである。



1/15 1月中旬というのに、まだ平野部では雪を見ない。温暖化だけの理由なのであろうか? 学のない私にはあまりわからない。最近の日常の挨拶は、「雪降らないね!」 「どうなっているのか?」 であり、山仲間では、「いつから降るのだろうか?」 である。少雪温暖化と言っても、日本だけが暖かいのではなく、もっと北にある国でも、その異常気象に困惑しているようである。でも、違った何処かで、今までにない寒さがあるみたいである。

 そんな中、過去の画像やGPSデーターを見ていたら、10年前の同じ頃に、大平から黒菱山・焼山・大鷲山を歩いたものがあった。長勢・岩城・橋本・北川・堀田の若い連中に連れて行ってもらった感はあるのだが、午前7時40分くらいから歩きだし、午後4時には戻っている。しかも、途中、焼山から大鷲山の鞍部手前の斜面で1時間半を掛けて、穴を掘り食事をしているのであるから、凄い事をしていたものだと今更ながら驚いている。

 「若いっていいな!」 そのものである。今や膝ラッセルになると、長い間耐える事は難しい。何が何でもと思っていても身体が付いていけない。やっぱり仲間の力を借りるしかない。そんなのに、今年は、2月の初雪山が目標にしているのであるから可笑しな話かもしれない。でも、夢や目標があるから頑張れるような気がするが果たして・・・



1/14 「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」 夏目漱石の草枕の冒頭である。私は哲学的な事が分かるわけでもないが、歩きながら、本当にこれで良いのかとか、何をしているのかと考える事が度々である。

 でも、何をしていても同じであると思うのであるが、それこそ、同じ事を、ずっとやっているのだから、果たしてと思ってしまうのである。ヒマラヤの山を登って名声を上げるわけでもないし、他人様の道案内をしているわけでもない。只々、雨の日も風の日も、そして雪の日も歩いているだけ・・・・

 でも魂はある。他人様が何と言おうと、やり抜きたい事がある。ようやくブレないようになってきたが、まだまだ未熟なだけに、形の見えぬ甘い誘惑が、「楽をせよ!」 耳元までやって来るのである。しかし、山友の何気ない助言に、反発したり勇気をもらったりする。

 私の山歩きは、もはや非日常とは言えない程、日常的なものになってしまった。今年から日曜日も休業日とした事もあって、今日までの14日間で働いたのは、僅か5日間である。でも、毎日が日曜日ではないので、かえって働く事への喜びを感じている。そして、山へ・・・ 早く大地からの初雪山が見たい。



1/13 月曜日の祝日(成人の日)は好山病諸氏の一番集まりやすい日。しかし、肝心の北ちゃんが、腰痛で厳しい所はダメだという。それでは、リハビリを兼ねた手軽な山という事で小佐波御前山となった。そして、雨100%の今日となった。それで良かったと思った。

 その北ちゃん、雨でズルっといったら、腰に支障が出るのではないかと心配したが、そこは、山歩きに慣れた彼の事、何の問題もないように思えた。私よりも、しっかり歩くのだから心配する事などなかった。今日は、岩城君がリーダー。そして、マキちゃん夫妻も来てくれて、とても賑やかだった。

 おまけに「山ノ神」が留守。(いや、不参加) 自分の事だけを考えていれば良いので、とてもリラックス出来た (笑) 日頃、あまり喋らない私であるが、何だかよく喋った気がする。(仲間はお喋りだというが・・) そして、日頃行かない所へ連れて行ってもらった。反射板・林道の迂回・ワラビ畑など。もちろん獅子ケ鼻も (今日は真っ白で何も見えなかったが・・ 一昨年の暮には、下から登って来た事も話しの種になったが、私はもうたくさんである。)

 小屋では、シュンちゃんと玉ちゃん先生がいた。久しぶりであった。そして、またまた、たくさん食べさせてもらった。また体重が増えるのではないかと心配したが、今日は、そのようにはならなかった。その後、N女史とお連れの方が入って来られた。若い方が来られると、パッと花が咲いたようになる。また何処かでお会い出来るといいな?



1/12 南保富士の登山口まで車が入った。歩く距離が短くなって嬉しいようなそうでないような。標高差約370mで普通なら1時間ちょい。だけどあの人は今日も遅い。それらしき事を口にすると、どうもいけない。ずっと無言のままである。「そんなのなら来なければいいのに・・」 と思うのは、まだ人間が出来ていない証拠。

 山頂手前から、ちょっぴり雪を見るが、殆どないと言ってよい。雨予報が外れたかのように、時々陽が差す事もあり、ラッキーとしかない。完全な展望とは言えないまでも、少雪であっても高い山は雪に覆われている。大地はあの辺と、ついつい言ってしまう。

 歩き足らない私は、当然のようにその先の二王山を目指すが、「山ノ神」は、展望のない山に何度も行く必要がないとでも言いたげに、また、「私はゆっくり飲んで食べていますわ。」である。南保富士山頂を越えると20~30cmくらいの積雪がある。トレースがあった。でもモナカ状態で歩き難かった。

 途中でカメラを落として探した事もあって、往復小一時間掛かってしまった。それこそ何にもない山頂であるが、私にとっては、エネルギー消費に必要な歩きである。食べたければ歩かなくては行けないのである。山頂に戻って空模様を見ながら、さっとカップ麺を食べコーヒーを頂いた。

 そんなところに、一人の女性が現れた。「あんた、もしかしたら・・」 と声を掛けてもらった。そのO女史は、元気そのものの方であった。朝日の方々は、皆元気な方々ばかりなのどろうと思ってしまう。そのO女史の後を追っても追い付くはずがない。8号線を走りながら、もう一座登れるのではないかと大岩まで行ったが、ポツリポツリとなったので、潔く家路に着いた。



1/11 明日も明後日も予報は良くない。でも、まだ明日の方が午前中は何とかなるような気がする。そこで、「山ノ神」に、南砺の山と立山・上市の山と、どちらが良いのかと聞くと、立山・上市の山と答えた。ならば立山・上市の山と朝日町の山とではと聞くと、朝日町の山となった。最も、明後日は、好山病で小佐波御前山が企画されているのを加味してくれたのだろう。どちらにしても、起きてから行き先が決まるいつもパターンである。

 それにしても、ここまで雪が降らないと、私の大好きな大地が心配になってくる。雪が無くても、少なくても行けばいいのかもしれないが、私は、真っ白な大地・初雪山が好きなのである。大地だけでもいい。出来れば初雪山まで。そして、日帰りよりもテン泊が出来ればもっといい。本当は毎週でも行きたいのである。



1/10 昨年の1月は10日間の休みがあった。そして、その10日間とも山に出掛けた。今年は、休日を増やした関係上、13日間の休みがある。もちろん全休日山に出掛ける意気込みでいるが、雪が降らないだけでなくお天気が悪い。それにしても、週休2日というのは、すぐに休みがやって来る。

 元日から7日まで休んで、12日(日)13日(月)が、またまた定休日。13日間で4日しか働かない事になる。でも、1月は特別でサラリーマンと比べれば大した事はない。只、山ばかりに目を向けて終わる人生は果たして良いのだろうかと思う事もある。



1/9 お正月一週間毎日山に出掛けたのであるが、どれだけ負けん気があっても、確実に衰えて来ているのが分かる。当たり前と言ってしまえばそれまでであるが、実に悲しい事である。体力が落ちていくと、気力まで無くなっていくような気がする。そのモチベーシュンを保つため 「休日は山に・・」 なのであるが、雨・風・雪になると、今までより見切りが早くなっているような気がする。

 「山ノ神」の歩きが遅いから、また動きが鈍いからなどと言う私の理論も可笑しい。「あなたが遅いから、汗を掻く歩きが出来ない。」 が発端で、時々諍いをする。でも、「山ノ神」なりに頑張っているのだから、大人げない話である。体重が落ちないのは、そればかりではなく食べ過ぎに他ならない。



1/8 私の長い休みが終わった。今年から毎週日・月曜日、そして、第一火曜日を休業とした事で7連休となったのであるが、これは、高校を卒業した翌年に、7泊8日で黒部・剱岳に出掛けた以来である。それにしても、日帰りとは言え、7日間とも毎日山に出掛けたものである。帰省していた息子の見送りもせずにである。

 普通のサラリーマンなら殆どの方が週休二日(連休にならずとも週に2回)であるから、ようやくこの歳になって、世間方々と肩を並べた事になるが、まだ祝日分が足りない事になる。でもこれで充分である。何処かへ(遠出)行く時は、臨時に休めば良いだけの事。毎日が休みになると、余分なお金を使う事になり生活に支障がでる事は間違いない。逆に働かれる事に感謝しなければいけない。



1/7 午後から雨の予報。それなら、午前中に山をこなし、午後からやり残している物事に時間を割こうと牛岳を選んだが、なかなかうまくいかないものだ。5合目まで殆ど雪がなく、杉林が切れた所から雪が現れたが、6合目まではドロドロと泥濘んだ状態であった。

6合目からは、それなりの雪量があったが、それでも少雪は歪めない。その急登に時間を割いてしまったからか、稜線に出た頃には雪になった。ササや小枝が邪魔する事もあったが、トレースがしっかりしているから、それほど苦労する事もなかった。しかし、「山ノ神」の歩きが遅い。

 これはアカンと思い、なかなか上がって来ない「山ノ神」に声を掛けて (聞こえていないと言うが・・) 先を急ぐ事にした。途中、三角点(最高点)で荷を置いて (雪からミゾレに変わって来ていたが、ザックには食料や傘もあるから、山頂に行っている間に何か出来るのではの思い) 山頂に向かった。その間10分、そして三脚を立てて証拠写真を撮ったのに5分。戻ろうとしたら、「山ノ神」がやって来た。

 私も結構速く歩いたつもりだったから、あのヨロヨロで歩いていた「山ノ神」が追い付いて来るとは思っていなかった。その「山ノ神」に、「雨になるから降りよう。」 と提言したが、山頂で食事をしたい私に三角点からザックを持って来いという。早く帰りたいと言う私とぶつかってしまった。その後は、いつものように「お互い単独行」となり、晩飯にも影響を及ぼした。



1/6 前日の金剛堂山のリベンジも考えたが白木峰とした。「えぇ~」と言う「山ノ神」だったので、少しばかりスタートが遅れた。それでも、山頂へ行く計算をしていた。管理棟奥まで車が入ったからである。しかし、少雪でショートカット出来ず長い林道歩きを強いられた。

 登山道に入ってからもしんどかった。第1登山口から第2登山口(標高1,170m)まで2時間近く掛かってしまった。中途半端な雪量がそうさせたのかもしれないが、木々の雪を払い除けたり、それよりも「山ノ神」の足が上がらなかったのが一番だったろう。

 その広い登山口で、ベンチ・テーブルを造って一時を寛いだ。少しの余裕時間(山ノ神が飲んでいる時間)にブナ林へ向かって歩いたものの、深雪と木々に邪魔されて、すぐに撤退を決め込んだ。



1/5 利賀百瀬では除雪車が動いていた。除雪最終地点から栃谷ルートを選んだ。(積雪は約30cm) 覚悟はしていたが雪のアーチ(木々が倒れ込んでいる)に難儀した。2キロ地点近くになると、膝上ラッセルになった。もうこうなると金剛堂山の頂きなどを求めるに至らなかった。

 「山ノ神」には、片折岳(一服金剛)までとか、4時間は我慢してくれと頼んだ。しかし、山ノ神は疲れた上に寒さを感じてしまったのか、留まるとか戻るとか言い出したが、何かあったらダメだから、一緒してくれと再び頼んだ。そしたら、後からゆっくり歩いて来るというのである。

 片折岳に近付くと雪量が増え、木が倒れ込んで何処が何処だか分からない状態になる。そこへ「山ノ神」から電話が有り既に撤退をしていると言う。「えぇ~」となったが、「片折岳」の看板を探した。三脚を立て、膝まで潜ったがセルフタイマーで証拠写真を撮った。

 それからである。敵前逃亡の「山ノ神」を追った。なかなか捕まらなかった。「こんなのなら来るな!」 と言ってやりたかったが、なかなか言えない。当然、帰りの車の中では無言が続いた。



1/4 今日も行き先選定に迷った。少雪故に登山道はガタガタで、どうかしたら、土がむき出しになっているのも面白くない。林道の何処まで車を入れれるかであったが、登山口まで入り、極楽坂山までではなく、瀬戸蔵山・大品山までと欲張ったが、スノーシューを担ぐのを嫌いカンジキにしたのが仇となり、途中で止めてしまった。

 それも、午前11時前であったから、「山ノ神が、本当にいいの?」 と不思議がっていたが、極楽坂山とゴンドラ山頂との中間点に、ベンチがあったのを幸いにして腰を下ろしてしまった。大辻山から立山・弥陀ヶ原方面が、雲海に消されては現れるという劇場を見ている感じであった。

 私は、日帰り山行では、アルコールを口にしないが、それでも、あの勇姿を眺めていて酔ってしまった。お日様が出て、風が吹き、また、真っ白になって何も見えない。これが山であるが、今日も好きな事が出来て幸せそのものである。おまけに白樺ハイツの入浴付きであった。



1/3 岩城君と一緒。ライオンズの森まで無理やり車を入れた。始めからスノーシュー。長尾峠から長尾山経由で大辻山頂。昨日のものと思われるトレースに10cmほどの新雪が積もり、フカフカ状態。山頂の展望はイマイチだったが、それなりの展望。カップ麺とコーヒーの食事だったが、今日はそれで充分。

 下山路を北尾根にしても、鳥越峠に着いたのが午後0時45分。(山頂から1時間)高峰山にもの思いもあったが、今回は回避。長尾峠、そしてライオンズの森までの林道歩きと、帰宅途中、雨になった事を思えば、無理しなくて良かったのである。



1/2 例年お正月の箱根駅伝を楽しみにしている「山ノ神」、明日は分からないが、当然の如く単独行が許される。しかし、登山口まで雨。ところが、歩き出した頃から雨が止む。そして、小雪が時々舞う。三角点・最高点をまわり、東屋でコーヒーを沸かし、それを頂いて車に戻った。お昼には帰宅する。



1/1 最近ずっと続けている元日山行。大荒れの予報で行き先は最後まで迷った。しかし、昨夜からの空模様は悪天予報とかなりずれ、夜明け前から、3年連続の千石城山と決めた。山仲間達が、昨日出掛けた小佐波御前山での情報からは、全く雪がないものだったが、やはり昨夜の雨は、この千石城山には雪となっていたようであった。30cmくらい。

 午後2時から3時くらいまで高岡に戻らなければならない条件も、通常の登山口まで車を入れるとなると、ゆっくり登っても、また、たっぷり休憩をしても、お釣りが来るくらいである。しかし、お酒を飲まない、雪遊びがないとなればする事がない。コーヒーばかり飲んでいても仕方がないのである。

 でも、久しぶりの友人・知人に会ったとなると話に花が咲き なかなか終わりはない。また、一旦下山仕掛けたところに、またまた友人と出会って再び山頂へ趣いた。しかし、3度目は勘弁させてもらった。今日は、午後5時から54回目の元日新年会(高校時代からの仲間)があるのだが、帰宅してから4時間の余裕が出来、入浴後に年賀状を見る事が出来た。