5/31 「何処へ行ってもいい。」 とのお許しをもらっていたのだが、どうも様子が可笑しい。 (帰ってきたら、いつもの冷たい仕打ちが、待っているような気がしてならなかった。) 最近行けそうで行けない大猫山か犬ヶ岳を狙っていたが、山沿いで、にわか雨があるかもしれないとの予報と、夜遅くまで起きていた事もあり、モチベーションが落ちていた。

 それでも、午前4時には起きていた。もう一度お伺いに「山ノ神」の部屋に出掛け、「本当にいいのか?」 と尋ねると、「連日の山行でかなり疲れている。簡単なところなら行きたいのが本音」 である事が分かった。ならば私の希望の山は、後々に回し「黒菱山なんてどうだろう?」 となった。

 笹川から黒菱山林道ゲートで通行止め、そして、土砂崩れの表示がされていた。無雪期の経験は一度しかなく、あのゲート横から行った事があったような気がしたが定かでない。でも「山ノ神」のテンションがいっぺんに下がった。そうなれば、「山ノ神」に次の山選定を任せる事になる。

 その山が負釣山となったのであるが、「山ノ神」の足取りは悪い。3合目まで40分も掛かった。でも、ここは「忍」の一字であった。途中で止めるのかと思った程であったが、2時間半ほどで山頂に辿り着いた。「山ノ神」が、負釣山を選んだ理由には、ここ何回かは、風や凍結などの理由で、しばらく山頂を踏んでいないというものであった。

 しかし、山頂に着いてからと言うものは、やはり冷たいものは頂くし、あれやこれやと、登頂された方々との対話を楽しんでいた。その中に、昨日、金剛堂山でお会いした4人組(コシアブラ伝授?した方々) とお仲間だという方がおられ驚いた。世間は本当に狭い。その他に、帰宅して分かったが、山頂でちょっぴりお話した方が、YAMAPのフォローしているryoさんだったらしい。失礼な事を喋っていなければいいのだが・・・

 明日も明後日も休みである。「仕事を辞めたのか?」 などと心配してくださる方もある。本当に飽きないのは、「白いご飯と仕事だけである。」 流石に毎日は行きたくないのであるが、でも、「休日は山に・・」 になってしまう。行かなければ、自分の人生そのものを否定する事になるから他ならない。



5/30 金剛堂山 今年7回目、通算65回目。「またけ・・」 という「山ノ神」に、ゆっくり歩くから、そして、ススタケやコシアブラがあるかもしれないと煽ったのである。その金剛堂山栃谷登山口に着いたら、車が20数台、土曜日になんか来た事がないだけにびっくり。

 もしかしたら、3時間を切るかもしれないとの私達としては、順調な歩きであったが、時間の経過と共に、それが怪しくなっていった。栃谷から4キロ過ぎて、しばらくしたところで、若者の男女4人パーティーがやって来た。コシアブラを採っていた時にである。

 「コシアブラって、どれ?」 とか、「道の駅で買ったら、ちょっぴりで300円だった。」 とかの話になった。出しゃばりな (本当はシャイで無口なのですが・・) 「これだよとか・・」 「あれだよとか・・」 と少々助言していたら、彼らも乗ってきて面白そうに採りだした。

 山頂は混んでいた。入れ代わり立ち代わりの感であった。そんな時、別の若者が「天蓋山でお会いしましたね。」 と声を掛けてくれた。始めはわからなかったが、そうそう雀平で時間がないと言って引き返して行った高山の青年である事を思い出した。その彼は、会社の同僚の可愛い女性と一緒だった。

 その二人を中金剛(最高点)・奥金剛、そして、東俣に出て長い林道歩きを伴って栃谷に戻るコースに誘ったのである。金剛堂山が初めてである彼らは、すっと私達の誘いに乗ってくれた。山菜を採りながら、ブナの新緑のキレイさを味わいながらである。しかし、林道に出てから、分かっていたものの長かった。9時間半の行程であった。

 

5/29 今日は、休業した分を一気に仕事をした感じ。なので明日も臨時休業する事にした。またまた4連休となる。こんなに休むと、行く山がなくなると思う方もあるかもしれないが、同じ山でも季節によっても違うし、一週間でも、その違いを感じる時がある。



5/28 山菜採りに、ミーとエリーを誘った。コシアブラ採りに人形山にである。山頂は無理だろうと始めから宮屋敷跡くらいまでとしていた。それがである。「荷が軽い。」「荷がない。」 二人は、こちらの心配をよそにドンドン先に行ってしまった。

 いつもは、「だやい。」 「疲れた。」 の連発なのであるが、日一日の成長が垣間見る思いである。そうなれば、「山ノ神」が大変である。(頑張るしかないのであった。) しかし、コシアブラは、下では遅く、上では早かった。でも、それなりの収穫あり。

 二人は、コシアブラを見付けるのが楽しくてならないようであった。初めこそ、よく似た違った物を、「これはコシアブラか?」 などと、言っていたが、もう完全に見分けられるようになっている。

 宮屋敷跡から、もうちょっと先の三ヶ辻山が見える所で引き返したが、それが正解のようであった。まだ残雪があり、あの靴では、ちょっとしんどかったであろう。跳ぶように走って降って行った二人であったが、車の中ではバタンキューだった。



5/27 「只今・休業中」 なのに、「午前10時半までには帰って来るから・・」 と牛岳に出掛けた。自粛も何もあったものでない。ちょっとでも合間があれば出掛けてしまう自分が可笑しい。でも、「家族に迷惑を掛けていない。」 の一点だけが救いである。

 以前は、「時間がない時、天候が悪い時は牛岳」 となっていたが、最近は、八乙女山にお株を奪われた感がある。それは、歳を重ねる毎に、自宅から3時間半・4時間では行けなくなって来ているからである。従って、仕事前に出掛けるには、当然ドタバタやらなくてはならなくなる。

 今日は、その点5時間を想定していただけに、写真を撮りながら、コーヒーを飲みながらなどと、久し振りに「我が牛岳」 を楽しんだ。(単独行) 昭和38年3月から、数えて57年間、オールシーズンで163回目である。帰り際に旧牛岳ヒュッテ前で登って来られた砺波の河合さんとお会いで来た。(2年ぶりである。)



5/26 今日から3日間諸事情で休業する事にした。5日間にすれば、次の定休日 ( 5/31~6/2) が重なり10連休になってしまう。ちょっと不味いと思った。最も、5/31~6/9まで九州か北海道に出掛ける計画を考えていたりしていた事を思えば、そんなに悩む事もないのかもしれない。

 折しも、孫達の分散登校の合間であった事もあり、二上山・大師ケ岳に誘った。山中で4時間余を過ごしたが、ショッピングモールで過ごすより違った意味で有益であったような気がする。ミーにはスマホを持たせ、自由にシャッターを切らさせた。だやいだやいと言っていたエリーだったが、エンジンが掛かればすっ飛んで行った。

 

5/25 人形山のコシアブラがお目当てであったが、未明から朝方の雨で戦意喪失。結果的には行けば良かったのお天気となったが仕方がない。昨日の大日岳へは私だけが行ったのであるから、今日は「山ノ神」の意見を聞く必要があった。

 最終的に高峰山に出掛ける事になったが、大辻山へもと言ったら叱られた。「山ノ神」にしてみれば、前週に思ったほどの収穫がなかった悔しさがあったのかもしれない。今日は西種からであった。

 簡単な高峰山であっても、必ず山頂に立つを条件にした。緑が冴えていた。新緑の深みであろうか? 平日(月曜日)であったからか、誰とも会わなかった。遭遇したのは、猿の大群とカモシカだけである。自然に飢えている人達に高峰山は今が旬。



5/24 称名の桂台ゲートに時間前から多くの車が並んだ。それだけ自然(山)に飢えいているのかもしれない。我々の今日のメンバーは4人。何せペースが早い。猿ヶ馬場まででも汗が滴り落ちた。ストップを掛けないと止まってくれないのだから高齢者は参る。

 今日のペースだと、どれだけのタイムで山頂に届くのだろうと思ってみたものの、適当に休息を要求するのだから、事はそう動かない。そして、猛者達は、山頂に向かって左側の急斜面に取り付いた。ジグも切らないで直登である。誰も泣き言を言わないのだから、ヨタヨタと付いて行くしかない。

 ハイマツを抜け山頂までのあと一息が辛かった。今にも足が攣りそうであった。それよりも、あんなに良かったお天気が突如ではないにしても、ガスに覆われてしまったのである。剱岳は元より何にも見えないのであるから、これまた諦めが着くというもの。車座になれなかったが、それなりに山頂の食事を楽しんだ。

 滝本氏と下司女史のグループともお目に掛かれた。お名前はかねがね伺っていたが砺波の小竹氏とも挨拶を交わす事が出来た。ガスに覆われた下りは、それなりにリスクを抱えるものであるが、今日は猛者達の余興をが拝見出来た。そして、大日平の真ん中で、私の希望を取り入れてもらいコーヒータイムが叶った。



5/23 明日は、凄い人達に誘われて大日岳へ行く。これにガリ君が加わるかどうかまだわからない。予報は良い。存分に楽しんで来たいが、足を引っ張らないようにしなければならない。



5/22 自粛が段階的ながら解除の方向に向かっている。第二波の備えや自粛の継続は不可欠なのだろうがホットした気がする。そんな折、「朝日小屋は今年の営業はしない。」 というニュースが入って来た。3密の代表のように言われるのだから大変である。

 アルペンルートは、いつ再開されるのだろう? 北アの他の山小屋はどうするのだろう? それによってテン場の使用も変わって来る。急激に良い方向に変わる事はないにしても、少しずつでいいから、何もかもが良くなって欲しい。



5/21 やっぱり、皆さんは山行機会を減らしているようである。当たり前なのかもしれない。バカな私は、「自粛」 の捉え方が間違っていたのかもしれない。でも、そうであっても、「山の空気」 を吸いたくて出掛けてしまう。「山の空気」 は、私にとって妙薬であって何事にも代え難い。

 今月末で、何らかの指針が出されると思うので、少しは緩和されると思っている。「県を跨ぐな!」 も、ちょっと辛い。良い方向になると確信している。年始めの計画では、5月末か6月の初旬から、北海道か九州に出掛けたいと思っていただけに、オリンピックと共に、一年延ばしになる。



5/20 観光地も「来て下さい。」 が、「来ないで下さい。」 となっている。山も例外でないらしい。富士山登山道も封鎖のようだ。有名なところは、混雑が伴うし、そして、公共交通機関を利用しなければならないところは軒並みダメになるのかもしれない。また、宿泊施設がダメなら、テン場もダメになるかもしれない。

 緊急事態宣言が解除になっても、「自粛」 が続きそうだ。県をまたげるのはいつになるのだろうか? 富山県は、マイカーで出掛けて登れる山は、他県に比べて結構ある。それこそ高い山から低い山まで。知恵を出して登るしかないが、山小屋が開いていないとなると安全面で不安が付き纏うだろう。



5/19 ウドのお裾分けをお隣にも配った。その時の挨拶に「山は大丈夫なの?」 の問いかけをされた。そのご婦人は、ちょっとはハイキングを楽しまれている方で、「山は密でないから」 との答えに 「そうなんけ」 であった。私はそう思っているだけで、先日通った立山公園線横江駅の尖山駐車場は閉鎖されていた。あまり数は多くないが、何処かの登山口駐車場でも閉鎖されている所があると聞いた。

 マイカーで出掛けて、山中で散らばるのだから、何の問題もないと思うのは、私の勝手な言い分なのだろうか? 街中での密を考えれば・・・なのであるが、「自粛」が伴っていないという事なのかもしれない。昨日の金剛堂山では、八尾側からであったからかもしれないが、誰とも会わなかった。山頂でも栃谷方面からの登山者にも会わなかった。

 先日の日曜日、二上山には大勢の方々で賑わったと聞いた。「何がいいのか何が悪いのか?」 他人様の目を気にしながら迷っているのかもしれない。家の中に閉じこもって、ストレスが溜まったり、体力の低下などの事を考えたなら、大いに自然の中に飛び込んでもいいような気がしているのですがダメでしょうかね!

 だから、遭難すると、これまで以上に迷惑を掛ける事になるから、余計に慎重に歩けば良いと思うのですが・・・ それから、山中で知り合いと出会った時、握手も出来ないなんて悲しいね! 早くコロナが終息して欲しいものです。



5/18 今年5回目、通算64回目の金剛堂山は、林道冬季閉鎖の八尾側からでした。年々体力が落ちていく「山ノ神」にしてみれば、喘ぎ喘ぎの山行であった。でも、「お山のてんぺんに登ってからでないと山菜採りをしない。」 と言ってあるので必死だったのかもしれない。

 2回リックを取りに行ったし、山頂ではお湯を沸かし、また雪を取って来てビールを冷やしているというサービス付きである。もどかしいところもあるが、一回一回最後かもしれないという気持ちが忍耐を支えているのかもしれない。その「山ノ神」は、何故か山菜となると身が軽くなるのだから不思議である。



5/17 高峰山と大辻山の予定であったが、大辻山はスルーになってしまった。鳥越峠から西種側の登山口までの往復は、この時期我家の定番だが、ワラビ採りの成果は少なかった。それに意気消沈だったのかどうか分からないが、「山ノ神」が大辻山に行かず車で待っていると言い出す。

 始めからそんなのならいいが、そこまでして行きたくなくなってしまう。そうなれば、「千石城山でも登ろうか?」 となった。そこでの待機なら1時間もあれば大丈夫であり、ビールを飲んだり、食事をしている間に降りて来れると踏んだのである。結果的には40分台 (50分を切ったと言った方がいいのかもしれない。) でも、こんな事はもうやらない。



5/16 明日明後日は、そんなにも悪くないような予報に変わったような気がする。でも、なってみなければわからないのも事実。週に2回も休みがあり、あちこち行けないとなると同じ山にばかりになる。「何と贅沢な!」 感謝して歩かなければ・・・



5/15 明日は雨のようだ。私の休日の日曜・月曜日はどうなるのだろう? 不思議なもので行かなければ晴れるし、行ったら降っちゃう事が多い。その反対で、一日中降っている事も少ない。そして、下山する頃に、また車に戻ってから晴れて来る事が多い。  このようなお天気予報では、「一緒に行かない?」 と声はかけ難い。やっぱり、当日の朝に行き先が決まる形になる。



5/14 八乙女山へは、車で往復1時間半。山中の歩きも1時間半。不安なら少々時間を足せば良い。仕事前の山歩きに、二上山(二上山周辺)ばかりも飽きて来る。午前4時前に起きて我家を出た。 (車の飛ばし過ぎに気を付けながら・・)

 山中も新緑がいい。新鮮な空気に緑が何事にも代え難い。そして、お陽様が昇って来る。気持ちがいい。ストレスも何処と無く逃げて行くような気がする。「山しか知らない。」自分ではあるが、この時ばかりは、「何で、こんなのやらないのかな!」 と山歩き趣味を誇らしげに思うのである。

 少し晴れの日が続いていると泥濘もない。荷も軽い。歩きはじめだけは、ちょっと身体が硬いが、あとはスイスイと行く。10歳は若いのではと感じる時である。 (勝手に・・) 20年近く前、母の介護の事があり、時間があまり無かった頃、牛岳によく出掛けた。林道登山口から山頂(牛岳権現)まで50分を切るのがなかなかであった事を思い出す。もうそんな体力もないが、往復2時間なら、いやもう少しかかるであろうが、夜明けが早くなるから、7時過ぎまで家に戻れるだろう。



5/13 当たり前であるが、世の中思い通りにはいかない。大笑いしたと思えば大いに悄気げる事もある。しかし、喜怒哀楽を押し殺し胸に留めるには限界がある。その点、「山の空気」は私を和ましてくれる。例え低山であろうが、大自然に包まれると、自分がちっちゃくみえるからかもしれない。

 それにしても、「何を欲張りな!」の感がある。「山へ一緒に行こう。」 と言ってくれる人がある。山では、「元さん・・」 と声を掛けてくれる人もあるのだから、喜びである。幸せである。家にいる時より、ずっといい(笑) 歩けなくなったらどうなるのだろう?



5/12 白山より夫婦山の事で、問い合わせや情報を頂いた。皆さんは、それなりに工夫をして楽しんでおられる様子であった。このご時世に「自由」 「規則」 「自粛」 は、本当に難しい。「○○警察」 なる文言まで登場している。もうしばらくして、「あのコロナは何だったのだろう。」 と言われる日が早く来て欲しい。



5/11 市ノ瀬に着いたら、駐車場はおろかトイレもCLOSE。もちろん永井旅館も休業中。しかし、別当出合へは通行止めにはなっていなかった。しかし、すべての場所が駐車禁止で車を止める事が出来ない状態であった。「登山自粛」そして、「コロナの事が・・遭難したら」の貼り紙がべたりであった。しかし、前々から福井の宮ちゃんとの約束であったから、引き返す事なく遠慮しながら片隅に駐車して出掛けた。

 何か悪い事をしているような気で歩いていたし、ヘリが私達の上で旋回していた時などは、偵察に来たのかと思うほどであった。でも、ガスが晴れて青空が出て来るともう忘れてしまった。そして、風が強い室堂に着いた時、自炊棟の白山荘と、トイレは使って良いとの貼り紙に安堵したのである。(登山禁止ではないという事?)

 その室堂センターも雪に埋まっていた。白山神社祈祷殿も・・・。今日のバカモノ登山者は我々3人だけ。それにしても、「山ノ神」は頑張った。あの長く急なトラバースを耐えたのであるから。私と二人だけなら、多分甚之助ヒュッテで終わっていただろう。



5/10 大降りはしないだろうが雨予報。早く起きたのですが、昨夜出来なかったHPに携わっていた。ワラビが気に掛かるという「山ノ神」の要望を聞き入れて牛岳にワラビ採りとなった。他人様にお分けする程の収穫は無かったが、我家の分だけはあったようだ。

 休日には、高低を問わずともお山のてっぺんに登りたい私は、夫婦山を選んだ。二本杉からの牛岳は、2~3週間前に登ったし、林道を通って山頂へも面白くなかったからである。あわよくは、夫婦山と祖父岳に2座を目論んだが、松瀬から登山口への林道が、CLOSEとなっていたので、それに従い駐車場に車を停めて夫婦山だけにした。

 夫婦山は簡単な山なのであるが、今日の暑さのせいで汗がポタリポタリと落ちるくらいで、足取りは思うように上がらなかった。松瀬峠で遅々の昼食とし、山頂でコーヒータイムとした。僅かな滞在となった山頂であったが、それはそれで、私には達成感というものがあり、13回目の味があった。



5/9 「同じ事を何回も聞くね!」 と言われ続けている私。そして、タイミングが合わないと、なかなか教えてもらえない。最後には、「この歳で、結構頑張っているのだ!」 と捨て台詞を吐く事になる。LINEを繋ぐのに、ID とか、ふるふるなどが使われる。しかし、離れていると、ふるふるはダメ。IDでもなかなか上手くいかない。

 QRコードのおでましとなるのであるが、毎日やる事でないので、そのやり方ぐを忘れてしまう。そこで、LINEと打てば、そのQRコードが出て来るように設定してもらった。始めはその理屈がわからなかったが、後は、アドレスとかSMSに繋げればよいのである。

 いつも呆れられていて、このように教えてもらえない。「自分で調べろ!」 といつも言われる。確かに、それも、ネットで調べれば出ていた。昨日もAmazonの返品のやり方が出ていた。しかし、その手順を理解するのに時間が掛かってしまう。頭が回らないというのか、これも錆び付いて来ているのに間違いない。「父さんに、もうちょっと優しくしてね!」



5/8 今日も早起きして二上山へ。久し振りに仏舎利塔のある鉢伏山まで。3・4・5・8日と、ちょっとオーバーワークかもしれないが、歩いてしまえば気分が良い。身体が錆びないようにと思っているから辛くはない。

 スマートブレスレットの金具が壊れ(脱落)同じ物をAmazonで購入した。今日、その品物が届いたのであるが、先の購入品は、まだ1ヶ月経たない保証期間内であった事に気が付き、ダメもとで返品の手続きをした。この類の事は、なかなか面倒で途中でやめようかと思ったのであるが、何事も勉強と思い諦めずに行った。

 少額だからと思ったりしたし、何が何だかとイヤになったりしたが、最後までやり通した事に意義があったように思う。それでも、上手くやれたのかは分からない。結果はいつか出る。そう思えば捨てたお金が戻ってくるか否か楽しみとなる。



5/7 今年から、月に一度の週3。そして、他の週は2となっている。週3くらいが一番よく、もう1回を、仕事前に、二上山に登ればと思うようになっている。それもお天気次第になる。このスタイルでいくと、楽に年間100回を超える。まだ仕事をしているから、そのためにも雨の中でも歩かなくてはいけない。最も、それも従来のスタイルである。

 「今度一緒しませんか?」 と声を掛けてもらえる事がある。実に嬉しい事であるが、過大評価されているところもある。かなり頑張っているが、若い方々には敵わない。ましてや、「山ノ神」を含めてとなると、そんなもんじゃない。それを、「山ノ神」自身は、よく分かっているのであるが、だんだんと自分の行く所がなくなっていくと悄気げるのである。

 合わせてもらうと、時間が掛かる。また、遠く(高い所)へ行けなくなる。この辺が難しい。月に1~2回くらいなら、認めてもらえるのだろうが、続くと、そうはいかなくなるような気がする。そうなると、後々の事に響いて来るから厄介である。でも、私自身、1時間2時間の山ばかりでは飽きて来るのですが如何でしょう?



5/6 緊急事態宣言が今月末まで延長された。それに伴い「自粛」 が付き纏う。「自粛」は大事な事だと思うが、あまりにも過大になり過ぎていると思うがどうだろう。山に行くのも罪悪感が漂うこの頃。でも、マイカーで出掛け、人様との接触もない。果たしてどうなのだろう。 (遭難すればお世話になり、接触の危険性があるかもしれないが・・)

 私は職業ながら、それこそ濃厚接触しているようなものだ。(信頼関係で持っているようなものだが・・・) そんな事を思えば、「山の空気」は推奨するに値する。でも、知人と出逢えば、相手様の事もあり、少々何事にも控えめにしているのは事実。 (握手も出来ないのは本当に寂しい。) 今の私には、ストレスの増大、体力の衰退、これの方が厳しく危険である。でも、山行以外は、全くの自粛をしています。



5/5 嘉例沢の林道に入ると前が見え無いくらいのガスであったが、歩き始めると、所謂雲の上に出た。「雲上の人=(笑)」 になったが、コシアブラが目に入ってなかなか進まない。そして、雪が現れて、ちょっとコースから離れた事に気が付く。

 修正して、1,000mの富山湾展望台に駆け上がる。そして、雪のない登山道を行く。再び雪が現れ、コシアブラがなくなった1,150m付近の見晴らしの効く所で、「山ノ神」がギブアップしてしまった。「私はここでいい。」 と言うのであるが、「せめて前衛峰まで行ったら・・」 には、ここの方が展望が良い。」 と言い張る。

 確かに、雲海を眺めながら、一杯やるにはいいかもしれない。 (またまた一人宴会である。) そして、私に言うのである。「1時間もあれば行って来れるのでは・・」 とんでもない事である。前衛峰からまた降って登り返さなくては行けないのであるから・・

 炊事用具を外したから、ちょっとは軽くなったから楽になった。前衛峰の広く平らな所は厄介である。暖かいからトレースがあるようなないような。(自分の物も帰りにはわからなくなるほど) そして、山頂に近付くと雪があるような無いようなところもある。そして、ズボッと落ちるところもある。山頂まで45分掛かってしまった。

 素晴らしい光景を左に見ながらの登高であったが、ゆっくり写真も撮っておれない。山頂でもカメラの置き場所がなくセルフタイマーというわけにはいかない。仕方なくスマホの自撮りしかない。帰りは跳ぶようにして戻ったが、やはり前衛峰では、一瞬戸惑った。しかし、GPSやスマホ(ヤマップ)で事なきを得た。(もちろん最短距離で戻れる。)

 往復で1時間半掛かってしまったが、お腹も空いた。でも、この状態が私には一番よいのかもしれない。家では、豚ではないかと思うほど食べてしまう。山で控えめのほうが丁度いい。3日間歩いたから3キロは痩せたであろう。嘉例沢公園までの下山路でもコシアブラが気になった。



5/4 今日は3連休の真ん中、「山ノ神」の昨日の疲れを考え、高落場山とした。304号線から入れず、今年2回目となる たいらスキー場側からである。(前回は1月末、そして、通算33回目) 曇りがちの予報であったが、青空が覗き、おまけにとても暑かった。

 時折、スーッと風が抜けると、「気持ちいい。」 となった。そして、新緑がとてもキレイである。ブナ林は特にキレイ。喘ぎ喘ぎの「山ノ神」であったが、山菜を見付けると元気が出るオカシナ人である。でも、何やかんやと言っても山頂に辿り着けるのであるから、それはそれで良し。

 「今日は、多分雪が無いからビールを持っていかない方がいいよ!」 と言っていたが、本当に持って来なかったのには、こちらがびっくり。だから、頑張りが弱かったのか・・・・

 今日は、コシアブラ・コゴミ・ウド・タラの芽・ワラビの収穫があった。途轍もない程の収穫ではないので、我家だけのものになりそう。晴れのお天気が曇りになり、最後の最後には雨に遭ってしまった。でも、また止み、車に着いてからコーヒータイムとした。



5/3 予定通り大熊山に出掛けた。最初の2時間程は予想以上に頑張ったと言っても良かったのであるが、やはり3時間程超えると足が上がらなくなっていくようであった。それでも、5時間を想定していたのが4時間半程であったから、「山ノ神」は結構頑張ったといっても良いのではないか(苦笑)

 このところ、何処の山に登っても、「山ノ神」のいうハードな山は、これで最後かもしれないというようになって来ている。まあ~、それでも良いのであるが、現在二人合わせた年齢が、もう1ヶ月経つと140歳である。150歳まで頑張ろうと言っているのであるが、どうなるのであろうか?

 山頂で、可愛らしいと言ったら怒られるかもしれないが、ちょっとした事で「HITOMIさん」とお話する事が出来た。若いし素敵な方であった。2~3時間で登って来られるのであるから健脚そのものである。そんな「HITOMIさん」が私達と一緒に下山してくださったのであるから、それはそれは楽しかった。いつまたお会い出来るか分からないが、それでも今日は全ての事でハッピーだった。



5/2 「好きな山に行ったら・・」 という「山ノ神」の言葉を鵜呑みには出来ない。5日に予定していた白山は、天候の事もあり来週に繰延となった。こうなったら僧ヶ岳になるのだが、後々の天候を考えると、私の思う通りにはいかない状況である。

 来週の白山や4日・5日の事も考えて、「山ノ神」が行けそうな大熊山に行く事にした。使わないかもしれないが、ピッケルやアイゼンを含めて全部二人分担ぐと言って「山ノ神」を承諾させた。雨具も「山ノ神」が飲むビールもである。時間は倍掛かろうが良いとも言ってある。果たしてどうなるかである。



5/1 私のGW中の休日は、5/3(日)~5/5(火)であるが、必ずしも予報は良くない。当初、白山・僧ヶ岳・北ノ俣岳辺りを計画していたのであるが、曇りがちの予報であったり、傘マークが付いたりしている。しかし。予報は水物どう転ぶか分からない。

 41号線の猪谷付近が通行止めらしいから、北ノ俣岳は外れた。大熊山・大倉山・大辻山辺りも含めて休みに備えたいが、「私の登る山がない。」 と、「山ノ神」に文句を言われる覚悟をしておかなければならない。