5/18 最近、お天気のせいも加わって、同じようなところばかり行っている感じである。その間、元気者達は、思うがままに山を楽しんでいるようである。「えぇ~っ」 と思うようなところへもである。その中に、初めてのところもあったり、ネット繋がりで行く方々もあるようだ。

 どちらにしても元気だから行けるのであって、その意欲はリスクを上回るようである。飛び交う情報に、真新しい機器も手助けしているかもしれないが、若さがそうさせているのだろう。「俺だって・・」 は、遠い昔の話かもしれないが、少々時間が掛かっても、まだまだの気持ちはある。

 しかし、転んだりしてケガをすれば、また行けなくなるだけでなく、人生そのものがダメになるかもとの不安が付いて回る。もう自分に見合った山行に徹しなければならないと思いながら、少しの可能性を求めてしまうのがダメなのかもしれない。

 でも、人生はまだまだ。それどころか、これからである。そんな事を思うと、何もかもを諦める事などないし、否定する事もないのではと思う。体力や気力が、少しずつ劣っていっても、鍛えればその速度を落とす事が出来るというもの。願望でしかないと言われても、意欲と憧れは何事にも代えがたい。



5/17 今日も雨。それでも行かなきゃ気がすまぬ。でも、「山ノ神」休業。雨が強くなったので、道の駅庄川と閑乗寺展望駐車場で一時待機。登山道は川のようになったが、それは想定内の事で致し方ない。こんなところを歩くのだから本当にバカだとしか思えない。(笑)

 途中、LINEが入った。北ちゃんが小佐波御前山だという。好山病重症患者は私だけではないと思い胸を撫で下ろした。この私達の事をバカだと思っている人達もいるが、羨ましいと思う人達もいるのだから世の中は面白い。

 いつの間にか八乙女山も60回目となった。50回以上10座の目標を、100回以上10座に上方修正となるかもしれないが、その分新しい山に行けないのと、難しい山に行けないという事になる。しかし、どんな山でもいいから歩き通していたい。



5/16 「雨☂!」 まず我が家で格闘が始まる。「こんな日に行くの?」 「イヤなら家にいたら・・} 登山口駐車場に着いてから、「風が強いが、こんなのも行くの?」 「イヤなら、ここで待っていたら・・」 などと言いながら「山ノ神」は付いて来た。帽子が飛ばされるような凄い風の中である。 

 歩き始めて後ろを伺うと「山ノ神」いない。「遅い」 と不機嫌になるが、「何か獲物がないか?」 と探し回る「山ノ神」スタイルも、山と関わりたいという一人なのかもしれない。風の音は凄く、ちょっと離れると会話が成り立たない程である。「本当に こんな時に・・」 なのであるが、トレーニングと言えば良いのか、休日は山に出向かないと、身体が可笑しくなってしまうようなライフスタイルになってしまっている。

 お天気の良い時に出掛けるのが良いに決まっている。展望も良かろうし、気分も良い。グチャクチャの所を歩かなくて良いし、滑るリスクも軽減できる。少し負け惜しみになるが、それでは、その山の全容を知るに至らない。春夏秋冬のいずれも接し、雨の日も風の日も、アツアツの日も、凍えそうな日も出掛けなければと思うのは、やっぱり可笑しいのかもしれない。休日の日にしか歩けない私の僻みと思ってもらえればそれでいい。

 そんな事を思いながら、今日の小佐波御前山は80回目を迎えた。決して小佐波御前山が好きだから登っているわけでもなかった。お天気が悪いからやって来ている場合が多いのであるが、不思議なもので、それだけ登っていると、少なからず愛着が湧いて来るというもの。

 「山ノ神」が、ススダケを採り始めた。私は、小佐波御前山とススダケを関連付けていなかったのであるが、探せば結構あるもので違った楽しみが出来たのである。開通記念碑のある広場で堀君と出会った。それこそ何でこんな山にと思ったが、トレーニングだと言って戻って行かれた。他に2~3人とすれ違ったが、避難小屋には誰もいなかった。小屋からの帰りは大粒ではなかったが雨になった。

 欲張りな「山ノ神」は、下山してから牛岳行きをせがんだ。雨でなかったら、大長谷へ山菜採りの予定であったから、もうワラビの時期は遅いと思ったが、その要望を受け入れて出掛ける事になった。ススダケもそうであるが、何ででも採れば採るだけ、後の仕事(始末)が増えるのに・・・



5/15 明日明後日のお天気が良くないようである。西日本では、もう雨になっている。そして、梅雨に入ったとか? 明日明後日どころか、来週の予報は殆ど雨マークが付いている。何もかもが我慢という事になる。



5/14 コロナばっかし。全然面白くない。お付き合いも減っちゃうし元気が無くなっちゃうよ。



5/13 昨年、九州遠征を企画したのにコロナという事で中止せざるを得なかった。でも、その間毎日のように山に出掛けた。今年は大丈夫だろうと企画していたのであるが、またまた行き難い状態になっている。(断念する事になるだろう。) でも、富山は、その点いろいろな山があるし、山伝いに隣県に入れば、然程問題はない。

 後は、体力と気力である。余程の人を除いて、年々加速度的に、その体力・気力が落ちて行く。本当に悲しい話である。鍛錬・精進と言っていても、腹筋・腕立て伏せ程度では、しないより増しぐらいで鍛錬にはならない。暴飲暴食では精進に程遠い。

 だからではないが、「休日は山に・・」 を続けているのかもしれない。毎日続けている軽い運動と、休日は山にだけでは、手緩いのかもしれないが、流石の私でも、それだけの人生でもあるまい。それでも、山中心・山優先のライフスタイルは継続せねばと思っている。

 ケガしないように、自分流のスタイルでと思っているが、時折、まだ大丈夫ではなかろうかなどと、良からぬ事を考えてしまう事もある。でも、埋没してしまう自分もイヤだし、そのところの兼ね合いが難しいのである。



5/12 今回のミニ信州遠征は、2晩の車中泊だったから、少々ライフスタイルが崩れてしまったが、今日になってようやく調子を取り戻した。そうなると、今度の休日(5/16.5/17) のお天気が気になる。「雨だ☂ 完全な雨だ!」 どうしよう。 山に行かないわけがないが気持ちが萎んでいる。でも、ちょっとでも、雨が止む。または晴れ間があるとなれば、計画が変わって来るのだが・・・・。



5/11 3回目の入笠山頂も大展望に恵まれた。2,000m近くの山頂は、風が強く少し寒かったが、富士山を拝む事も出来、特に「山ノ神」はご満悦であった。下山に掛かる時に、2人の写真を撮ってもらうために、「山ノ神」が、ハイカーらしい男性にシャッターをお願いした。ところが、その男性からは、「このご時世、人の物に触りたくない。」 と拒否された。それから5分後、逆に違った男性にシャッター切のお願いをされたので、私は快く引き受け、私達も撮ってもらった。

 「山ノ神」は、憤慨していた。拒否した男性は、都会から来た方のように思えた。コロナの感染云々が叫ばれているご時世だから、神経質になっておられたのかもしれないし、何処へ行っても触れない・触れさせない仕組みになっているのだから当たり前だったのかもしれない。でも、同じ断るのでも言い方というものがあるように思うが如何だろう。

 「ごめんね!」 とか、「申し訳ないけど・・」 などを、前に付ければ、トゲトゲしくならないような気がするのですが・・・。 その私も、そのような上手い言い方が出来ないのです。でも、このような機会に、もう少し言葉を大事にしなければと思い返しています。



5/10 午前5時半過ぎに沢入駐車場(登山口)に着いた。その時間なら、通行規制に引っかからないのであるが、昨年同様沢入から歩いた。湿原には何もなかった。水芭蕉の残骸があるだけ。そのまま山頂に向かった。一番乗りである。

 富士山が見えた。南ア・中ア・北アの山々に八ヶ岳。そして、秩父の山々などがスッキリ見れたのである。もちろん御嶽山や乗鞍岳も独立したように。昨日登った高ボッチ山もである。2日間ハイキングに行った気分であるが、これで私の行きたい山に、少しは行かせてもらえるような気がする。帰りは、もちろん下道である。



5/9 好天予報で臨んだ燕岳。どうも様子がおかしく曇りがち。第3ベンチでアイゼンを装着。富士見ベンチを過ぎた頃から小雨が降り出した。元々歩き始めから風が強かった。合戦小屋に着いた頃には雨がミゾレになった。横殴りである。判断に悩んだ。しかし、「山ノ神」は、始めから山頂には執着がないし、雪山に自信を付けて欲しいとの思いもあったが、そそくさと撤退する事にした。

 いつもの事であるが、下山し始めてから、また車に乗ってから、お天気が回復するパターンは実に悔しい。でも、仮にお天気が良い方向になっていたとしても、あの風なら、稜線に出れば辛い思いをしたに違いない。下山をすれば「山ノ神」はニコニコである。このまま帰らないで、明日も簡単な山に登りたいという。ならば入笠山にとなった。ところが、まだ時間があると言い、高ボッチ山を強請る。仕方がないから行く事にしたが、約20年前に行った時と違った道になってしまった。でも、帰りはおそらく20年前当時の道を通ったのだろう。道の駅い泊まった。



5/8 なかなか行き先が決まらない。ならばと燕岳を提案すると、「私行けるの?」 となった。富山の山だと、” ああやこうや ” と、ヘボつけるのに、遠出となると、その限りではない。「荷は全部俺が担ぐ。ダメだと思ったら引き返す。」 との条件で行く事にした。

 「山ノ神」は、もはやハイキング気分である。予報はまずまずであるが、風もなければ良いのであるが、どうなるか分からない。山頂まで行けるのだろうか? 燕山荘までかもしれない。 もしかしたら、合戦小屋で終わりかもしれない。どうであれ、今後の私の山行を優位にするためのサービスのようなものだ!



5/7 だんだんと 「あそこはイヤ、ここはイヤ」 と、「山ノ神」 は言うようになって来た。だから、次行く山に苦慮する事になる。先日の3連休も、結局は 「山ノ神」は、一度しか山に行かなかった。最近は、「私の行ける山にしてくれ!」 なのである。

 今まで行けた山が行けなくなるのは、「行った事があるから、もういい・・」 では決して無いと思う。” 悔しい ” が、心の底にはあるのではなかろうか? だから、私に対しても行かせたくないのであろうが、可愛そうだから、時々なら、許してやろうかになるのだろう・・・。

 私も、自分の落ち目なのは分かっている。だから、今しかないというところもある。しかし、一人では生きていけないところもあるし、調整(妥協)していくしかないだろう。そんなのに、「北ノ俣岳に行こうか?」 「今年も、ヒメサユリを見たいから粟ヶ岳行かないか?」 などと、注文が出て来た。どうしたもんだ(苦笑)



5/6 大熊山頂では、いろいろな方々とお会い出来た。そんな中で福井の5人 の熟年グループがあった。今回は一緒でなかったが、宮ちゃんや越田女史の名が出てきたので結構話が弾んだ。昨日その中から、シモニイ様とはる様からメッセージを頂いた。特筆したいのはシモニイ様である。4名の熟年女子を従え、跳んでいるかのように歩いておいでるのであるから魂消てしまった。そして、私より7歳も年上だと分かったから尚更である。

 富山にも池田氏という大先輩がおられるが、また違ったタイプの方を見付けた気がした。私は、日頃から80歳とか140歳とかの数字(年齢)を口にしているが、シモニイ様を拝見した感じでは、そう無理ではないのではと思ってしまった。錆びないように故障しないようにでやっておれば、かなり頑張れるのは間違いない。煽てられて調子に乗らないのも大事な事だ!



5/5 昨日の大熊山頂での電波は繋がったり繋がらなかったりだった。「山ノ神」に9時半頃に着いた。と一応連絡し、「ゆっくり過ごす。」 と付け加えていた。のちに、「山ノ神」から、「時間が早いから早乙女岳まで行って来たら・・」 だったが、今日は大熊山で過ごすのが良いと思っていた。

 きっと、私が早乙女岳に10回とするのに、2回ばかり足らない事を知っていたからかもしれない。初めてコット谷から早乙女岳を目指した時、大熊山にも立ち寄り、最後は大熊谷を降りたのである。その頃は元気であったけれど、今の私は、ずっと山に登り続けたいから、安全リスクの事や、もっと美しい山を見たい事もあり、来年に機会を延ばし模索する事にしている。だからずっと元気でいなければならない。

 そんな「山ノ神」から、今度は、「早く帰って来て。私も何処かの山に連れて行って・・」 というLINEが来た。無視続けたが、2時間も過ぎていた事もあり、やっぱり山から降りようとした。山頂の皆さんに「山ノ神」のメッセージの事を言い続けながら・・・・・。

 ところが、下り始めてしばらくしてから、「元さ~ん」 と下から登って来る女性2人があった。始めは分からなかったが、HITOMIさんとさかなさんであった。 (お二人は、登り始めに知り合った模様であった。) 「再び山頂へ・・」 のお二人の声かけに私の心が揺らいだ。今から高岡に帰っても、「山ノ神」を何処へ連れて行けるやらである。でも、山頂に戻れば、皆さんに笑われるのは必死である。でも、「まあ、いいや」 にして、もう一度山頂に立った。

 「あんたは、他の人達とばかり話をしていて・・」 とお二人に、ちょっと言われてしまったが、HITOMIさんは、昨年の5/3に、この大熊山でお会いした事があるだけで、2回目の今回の再会も同じ大熊山なのだから、「七夕さまのようだね!」 と言ってしまった。さかなさんとも、そんなに一緒しているわけでもないが、何処かで、チラッと顔を拝見するのであった。

 そんなのに、今日、突然HITOMIさんが、友人と2人で我が家にやって来てくれたのである。「山ノ神に叱られる。」 と言っていたのを真剣に受け止めてくれていたのかもしれない。しかも、「山ノ神」の心を和らげるかのように花束のプレゼントまでである。

 若い女性が、山好きの年寄り宅に来てくれるのであるから、私の山行スタイルや山への憧憬が受け止めてもらっているのだろうか? と勝手に思ったりするのだが、それはわからない。年齢・性別に関係なく「山」一点に絞れば相通じるものがあると信じたい。どうであれ、元気でいなければ、誰も相手にしてくれないのは事実。鍛錬・精進の言葉を忘れないようにしなければなるまい。



5/4 私(達)の連休最終日は、「山ノ神」と意見が合わず、単独で大熊山頂に着いたのが午前9時半頃。大きな穴を掘ったら、先日来の降雪が20~30cmくらいあった事が分かった。好天に恵まれたこの日は、次から次へと登山者が登って来られた。

 たくさんの方々とお話させてもらった。MT氏・さかた氏・まゆさん・たけちゃんG(松原氏・山下夫妻)・とし104夫妻・美香子さんグループ・katakuri氏・福井熟年グループ・女性3人組・HITOMIさん・さかなさんなどなど。

 山頂2時間滞在後、一旦下山に掛かったのですが、美女2人組に再度山頂に行こうと誘われてしまいウトウトと着いて行ってしまいました。結局山頂に4時間という事に。最後は、この女性2人組と、ワイワイ言いながら下山させてもらいました。



5/3 国少の家側から鳥越峠には、残雪が林道を覆っており行けなかった。(もう少し溶ければ・・) 長尾峠・長尾山経由の大辻山となる。1000mを超えると、昨日の雨は雪となっていたらしい。高度を上げると、その雪量が増えていったが、ラッセルが伴う程ではなかった。

 晴れ予報であったのに、一向にお陽さまが出て来ない。剱岳の頭だけが見えないくらいで、お馴染みの山々が望めたのであるが、何だか霞むというのか、ぼんやりした山容にしか見えなかった。⑨でリハビリ?中の美和子さんと久しぶりのご対面。そして、道中お話をさせてもらった石川の加門夫妻とで鳥越峠に降りる事になった。

その目的の一つに、林道歩きで水芭蕉を見る事であった。鳥越峠に降りる道中、また長尾峠へ向かう林道で、コシアブラやタラの芽を採りながらキャーキャーと言って楽しんだ。水芭蕉は、それなりに咲いていたが、あまり自然すぎるようであった。その内雨に見舞われたが、大した事なく車に戻った。



5/2 「山ノ神」休業。何処へ行ったか知らないが、雨では単独行を許されても行く所は限られる。それでも79回目の小佐波御前山へ。歩いてみて、そんなに時間が掛からない。雨の候補で八乙女山も、その一つであるが、距離が短い(時間が短い)と思っていたが、そんなに遜色がないと思った。

 午前中に下山した事もあり、孫達と20~30年ぶりに、ボーリングなるものに行って来た。留守の「山ノ神」と、用事のあった娘なしで、ムコ殿と孫二人とである。孫達が行きたがっていた事があったのであるが、ようやくそれを解消した事になった。その勢いで、鬼のいない間に、スーパーで食材を買い込んで、ムコ殿と大いに飲みに至った。



5/1 コロナ禍で何もかもが中止である。今日の高岡の御車山は、そんな中で一部だけを行ったようだ。そして、その後は冷たい雨。富山との最高気温は、何故か5~6℃違ったようだ。明日は雨。許された単独行なのだが、雨の中での行き先はそんなに多くはない。