2/29 「越中の百山123座」を諦めて久しいが、まだ、あの山は行ける(登れる)と思う事がある。残された山で、機会があればと、未練がましい山もあれば、時間を割いてまで登らなくてもいいと思う山もある。

 何度足を運んでも飽きる事がない山、また、一年に一度は行かなければと思う山に時間を割り当てたいのが人情である。また、善いも悪いも、10回ぐらい登らないと、その山の事を語るに値しないと思っている。春夏秋冬、晴れの日も雨の日も、そして、雪の日も登らないと、偉い顔をして語られまい。そんな事を思うと、自分は、まだまだであり、たくさんの宿題があるので、そう早く、くたばるわけにはいかないのである。



2/28 家庭の事情で山行機会の減った「山ノ神」と一緒する時は、それなりに気を遣う。大事故にならなかったが、2度の滑落経験があり、難所では固まって身動きが出来なくなった事も、何度となくあるから・・・・

 元々、「ピッケルやアイゼンが必要な所へは行かない。」 「岩場や怖い所には行かない。」 と言うのが「山ノ神」の指針。しかし、山行くにあたって、何処にどんな事が待ち受けているか分からない。

 仲間と行く時は、事前に「宜しく頼む。」 とお願いせねばならないし、二人の時は、わがままを承知で行かなければならない。今回の高落場山も、前回の赤谷ノ頭と同様、「降りのスノーシュー」が気になったが、何とかなると思って出掛けてしまった。

 唐木峠からブナ林に至るクラストした急登箇所で、「山ノ神」が四苦八苦した。「こりゃ、降りを何としよう。」 と思った。ピッケルやアイゼンが無くとも、せめてカンジキを用意してくれば良かったと思った。

 ブナ林に入ると、一転して、気分の良い歩きになり、山頂では、暫しの間、陽が差す幸運にも恵まれた。その余勢を駆って、降り始めたのであるが、「イヤな所ではフォローするから・・」 の心配もなく、最後までスノーシューを外さずして、降りる事が出来たのである。

 前回の赤谷ノ頭、今回の高落場山とも、何も起こらなかったが、これからの山は、次第に雪が固くなっていくからに、そうそう思うようにいかないのであるが、ドキドキしながら、付き合わなければならないとなると、これが本当に好きな事と言えるのかと思ってしまう。



2/27 五箇山に入ると、ビックリするような積雪に降雪。まずは、ブルの運転手さんとの駐車交渉から始まった。週末のトレースの上に、10~20cmくらいの降雪があり、ルートファインディングには全く問題なく効率良く歩く事が出来た。

 でも、吹きさらしの所とか、高所になると、真新しい雪上を歩く事が出来、気持ちの良い登高となった。しかし、急登場面になると、カチカチ雪上にサラサラ雪が乗っかった状態で、アイゼンやピッケルが欲しいくらいであった。片斜面では、「山ノ神」がビビッタが、ブナ林に達してからは、そんな事は忘れてしまったように、気持ち良く歩いていたように感じられた。

 時々陽が差し、遠望は出来なかったものの、風もなく五箇山の山を堪能する事が出来た。差程内容のない食事であったが、今シーズン初めてタープを張って過ごした。



2/26 明日のパートナーは見付からず、「行くの行かないの・・」 と言う「山ノ神」だけを、あてにしなければならない。候補をあげると、何処であっても、まずはイヤな顔をする。これが志気を下げる最大の要因に他ならない。

 大地や大倉山を蹴られて、牛岳ばかりともいくまい。ちょっぴり足を延ばして、高落場山を提案しているが、低温・降雪が気に掛かるところである。



2/25 周りの雪が消えた感じである。日陰や高く積み上げた所は別にして、殆ど雪が消えた。除雪の心配もなくなるだろうし、これから山が面白くなる。陽が長くなるし、行動時間が長くなるから、もうちょっと高い所へ、もう少し奥の所へ行けるからである。後は、お天気だけ・・・  行くと決めたら、何が何でも出掛けた頃が、今は懐かしい。



2/24 友人が新規オープンしたコンビニに一番乗りで行って来た。立地も良いし、娘さんを始め家族中の協力体勢が整っているから、繁盛間違いないのであろうが、忙し過ぎて、身体を壊したり、一家団欒の時間がなくなるのだけが心配である。

 何か欲しくて、コンビニに寄るのは、目的がはっきりしているから、躊躇する事などないが、景気付けに行ったものだから、ましてや、金嵩を上げようという趣旨だから、何を買おうか迷ってしまい、結局、パンやケーキになってしまった。それが、私の朝食になった次第です。



2/23 何とか踏み止まった。医者にも行って来た。「早く治してくれ・・」 と言う注文に、医者は苦笑いをしていた。本当に、風邪で医者に行くのは20~30年ぶりである。ましてや、1ヶ月に2回も行くとなんて、初めての事である。それだけ、体力が落ちているという事なのだろうが・・・



2/22 夜になって、今度は、私がやばくなってきた。咳が出て眠られない。「この、山ノ神が・・・」 と言っていたのに、何とも締まらない話である。もしかしたら、明日は休業? それとも、「山ノ神」が快復して交代? 後は、何としても、気力で治すしかない。「弱った!」 「困った!」



2/21 客商売だけに咳き込んでいる「山ノ神」を、拒否した所為もあるが、結果的には、遊ぶだけ遊んで、ダウンという形になった。止まらぬ咳に、イヤミを言われても仕方がないと諦めているようだが、足は流石に筋肉痛のようである。

 「痛い。」と言えば、次から声が掛からないと思ってか、「ちょっと・・」 としか言わない。無理矢理の感は歪めないとしても、長年のライフスタイルとしてなってしまったからには、「山ノ神」にしても、「山」を生活から切り離す事は出来ないようである。

 それが、ハードとか、難度とかという事が一切関係なく、自分が行ける山、楽しめる山と、自分の実力にあった山を描いているところは、かえって、見習わなくてはいけないのかもしれない。ずっと、山と親しむためには、自分の実力・体力など謙虚に認め、それに沿っていかなければなるまい。



2/20 ハレルヤ山行の帰り、ねぎちゃんと、「明日、どうする?」 になったが、纏まらぬ内に帰宅してしまった。大地を外し、大倉山と赤谷ノ頭を候補にあげたが、北ちゃんは、先に予定が入っており、ねぎちゃんと「山ノ神」と私の3人になった。

 「山ノ神」は、赤谷ノ頭を良しとしなかったが、(そう言いながら、私と同じくらい出掛けているはず。)「細尾根と降りにカンジキを用意する。」 「イザという時にフォローする。」 「ゆっくり行く。」 を並べ、渋々承知させた。

 高岡から富山市に入る手前まで降雪があったが、次第にあがり、山並みも次第に見えて来た。「雪雲が切れ、お昼前から陽が差す。」 予報を信じていたが、山は、逆になってしまった。朝の内は、剱岳を始めとする北方稜線や、毛勝の山々を眺めながらの登高となったが、山頂手前から雪が舞ってきて、食事時などは、「どうなっているの?」 という感じになってしまった。

 ねぎちゃんが飛ばし、「山ノ神」の頑張りもあって、意外な時間に到達するのではと思われたが、重い雪質は、ボデーブローのように利き始め、山頂には4時間半を要してしまった。

 後半は、山並みが、ガスに覆われてしまったが、最高点(1,070m)を経由する、ぐるっと一周を選択。四苦八苦する「山ノ神」の姿はあったが、最後まで、カンジキのお世話になる事はなかった。

 3週間前からの風邪?が、まだ治らないのか、「山ノ神」は、ずっと咳き込んでいて、それの方が辛そうに思えたが、車に戻れば、3人とも「良かった。」 となった。今回、山頂直下の細尾根で、ストックを流してしまった。幸い上部で止まった事もあり、日頃から準備しているシュリンゲを繋ぎ合わせて降り、回収する事が出来た。山のゴミにしなくて良かった。



2/19 蓬沢神社前から、大倉山よりの無名峰908mを目指すハレルヤ山行は、当初10名の予定であったらしいが、私達のようなドタサン5名も出るという大所帯になった。一週間前に幹事の、堀シェフと玉ちゃん先生が、下見に出かけた程の念の入れようで、ルートもしっかり、我々は、それに着いて行くだけで良かった。

 今回は、新たに新顔の若者2名も加わってくれ、益々、平均年齢が若返って行くという、何処にもない山行グループかもしれない。事実、今回は、私の子供より若い人の参加が4名もあったのだから・・、因みに私は、上から3番目でした。

 908m峰(峰と言っていいのか分からない程平らですが)は、剱岳が望め、大倉山の雄姿に驚いてしまった。その山容を眺めながらの昼食は、またまた、お腹をいっぱいにするもので、全員が満足満足を繰り返していた。

 長期療養生活を送っていたシュンちゃんの復帰山行となったし、またまた、堀シェフのティラミス等の料理や、ユキコちゃんや玉ちゃん先生からの美味しいケーキ?の差し入れにも、感嘆の声が上がっていた。



2/18 明日は「晴れ」の予報が出た。不参加としていたハレルヤ山行に、改めて参加させてもらう事になった。喜んで迎えてもらうのが嬉しい。明朝は、上市役場前のコンビニに午前6時半の集合である。凍って、カチカチでなければいいのだが・・・・



2/17 今度の連休(日・月)に大地辺りで、キャンプを目論んでいたのですが、ここに来て、大雪、尚かつ、この先不透明となれば、中止とせねばならなくなった。さてさて、月曜は別として、日曜のハレルヤには、不参加としてしまった経緯がある。

 ここに来て、「山ノ神」が、久し振りに山行に参加すると言い出したから、話が、またまたややこしくなって来た。もう、夜行バスに乗っていると思われるムコ殿が、「我々の山行に合わせて来高する。」 と言われたから、「山ノ神」の心が動いたのであろうが、その心変わりには、些か参ってしまう。

 どちらにしても、明朝、雪の状態を見てからになるのは必死であるが、誰もが、傷付かず、迷惑にならない方法を見付け出さねばならない。これほど、我が家のライフスタイルが狂って来ているのである。



2/16 とかく他人様の事が気になるというのか、「隣の芝生」 とか、「隣が貧乏すれば・・」 というように、我がHPも、今や、「山ノ神」のその後が、気に掛かるようである。「仲良く・・」 などとは、どうでも良く、皆様は、「バトル」 が、お好きなようである。

 孫や娘の事で、山への出番も少なくなり、影が薄くなったと思っていたら、大間違いのようであった。赤裸々に綴っている者にとって、そうなると、出し惜しみたくなるのが常。人生は、おかしなものである。



2/15 HPもままならぬのに、facebookなるものにも現を抜かす事になり、些か参っている。過去に、ブログもやってみたが、それほど材料も主張もないから、やっぱり行き詰まってしまった。

 重複を、どう考えるかになるが、それを避けるとなると、毎日何処かへ出掛けているとか、新しい事でも考えない限り、私のようなものには、どん詰まりになってしまい楽しみに始めたものが苦痛となってしまうのである。

 年賀状のように、「結構苦労して書いても、殆どが流されるのがオチ」、程度に思っておれば、あまり苦にならないかもしれない。でも、「削除しない限り残るしね・・・」 楽しみや、やり甲斐などがあれば続ければ良いし、苦しくなったり、イヤになれば、無理しなくて良いと思っている。

 山も行ってみなければ分からないのと同じで、何事においても、やってみなければ分からないのは事実である。新しい事へのチャレンジは、刺激になり、身体にも活性があるように思う。また、教えてくれる方も出現し、新たな友が出来るような気がする。



2/14 料理法を知らない事もあるが、キノコ類を好んで食べる方ではない。しかし、笹津山で、「北ちゃん」 が採ったキノコだけは食せぬわけにはいかない。独り占めしてよいハズのキノコを、eiko女史と私に平等に分けてくれたからである。

 「山ノ神」と違いナメコでさえ、「いらない。」 と言う私であるから、相当の覚悟がいる。「焼いて・・」 「炒めて・・」 食したが、珍味であろうが、特別の味はない。隣にある大根の皮のきんぴらの方が自分には合っている。しかし、「北ちゃん」 の執念の味がした。



2/13 笹津山・大乗悟山・カンナ尾山・御鷹山の企画であったが、笹津集落から三角点を経由して、笹津山を目指すのか、それとも、楽今日館・漕艇場の駐車場から、直接、笹津山を目指すのか、分からないまま、神通第2ダム駐車場に集った。

 珍道の好きな「北ちゃん」 任せとは言え、期待と不安が付きまとわないわけがない。また、低山とはいえ、長い行程に深雪である。そして、eiko女史と私の3人パーティーであるから、頼りになるラッセル車は、「北ちゃん」 だけであった。

 楽今日館・漕艇場の駐車場から、高山線を渡った後は、意外にも直接、笹津山頂を目指さず、北西に進路を取り三角点を経由する事になったが、なかなか高度を稼ぐ事が出来なかった。1時間半余を要して、ようやく387・1mの三角点に達した程であった。

 そして、「ないない。」 と言っていた立ち枯れを発見。朽木に凍り付いたヒラタケを見付けた時点で、カンナ尾山・御鷹山までは行けないと悟る事になる。「北ちゃん」 は、キノコ採りの職人のように、小道具を出しながら手際良く収穫していたが、なかなか、2匹目のどじょうを見付ける事が出来ないようであった。(見付けたとしても、高い梯子がなければ届かなかった。)

 大乗悟山からの展望は素晴らしかった。北アの山々はもちろん、日頃親しんでいる猿倉山・御前山・小佐波御前山が、手に取るように伺えるのである。3人掛けのベンチ・テーブルは簡単であった。煮込みうどんに、ぜんざいなど、美味しい物をお腹いっぱい食べてから、直接、割山に降る事になった。



2/12 明日は、笹津山から南へ延びる尾根を歩く事になったが、この大雪に、駐車する事にも気を配らなくなり、懐かしの山友に、その辺の情報を求めたりもした。でも、この企画は、私が考えるルートではなく、せっかくの情報も水の泡になりそうであるが、感謝の念は心するものである。

 それこそ、ずっと前、同じ笹津山に登る際も、取り付きを尋ねた事を承知している。まずまずのお天気が予想され、目的が成就した折は、早速報告をせねばなるまい。



2/11 2月中旬だというのに、今年はまだ1,000mを超えていない。大雪・山行機会の減少・メンバーの事情なども大いに影響しているし、「そんな事は、どうでもいいのでは・・」 と思うのであるが、何故か引っ掛かる。

 降雪量や積雪量などの数字に惑わされる事があるように、私自身、この時期の標高を意識しなくてもいいのかもしれない。考える事がなくなると、余計な所に目がいくのかな・・・・ 



2/10 冬は熱燗がいい。一年中、ビールだった頃は、酒など差程欲しくなかったものだが、歳を重ねる内に、冬はお酒が良くなってきた。確かに、冷えるビールに手が伸びなくなった事は確かである。でも、暖かい部屋で、それも大勢で飲む時は、やはりビールを好んでしまう。

 酒呑みという者は、もうちょっとが欲しい。少ないなら少ないなりに、多ければ多いなりに、もう少し欲しいのである。もう1軒と同じで、その、もうちょっとが余計で、身体に良いはずがなく、明日の気分に繋がるのである。

 私は、その、もうちょっとが欲しくなくなって来た。美味しくなくなってきたのである。適量と言うのがあるが、その量も、だんだんと少なくなっていくに違いない。ハンドルを握らなくてはならない日頃の山行も、酒(ビール)なしで一向に構わない。

 でも、嬉しい時、楽しい時、「一杯やろう!」 と、必ず思う程、酒(アルコール)は好きである。もちろん、キャンプ山行には、少々荷が嵩もうが、絶対の必需品である事に間違いない。それは、山が好きであるから、楽しいからである。

 飲んで、フラフラ歩き回るハズがないし、ゆっくり山を眺めながら飲むに決まっているし、気の合う仲間と語り合えるからである。例え、同じ話であろうが、イヤな話でなく、楽しく穏やかに過ごせるなら、そんな時間を求めてしまう。

 「冬の夜長に、寒いテントや雪壁の中で、何が楽しいのか?」 と思われても、余計なお世話なのである。そんな簡単に、ロマンが分かってもらわなくてもよいのであるから。でも、今冬に、その機会が本当に訪れるのだろうか、ちょっと心配になってきた。



2/9 今月24日に、コンビニをオープンする友人の妻君と娘さんが、たくさんのチラシをもってやって来た。「後2週間しかないのに、本当に工事が完了するのだろうか?」 とぼやいていたが、多額の資金を用意してまでの事業への熱意に感心しながら、老いぼれて行く自分が少し情けなく思えた。

 友人は、当然、私と同級生。その妻君は10歳近く若い。その娘は、私の娘と同じで、第一子・第二子とも(孫)、またまた同い年である。娘さんは、双子で、もう一人の娘さん(独身)を中心に、そのコンビニを始めるようである。

 7が目印の日本最大級のコンビニであるから、事業としての先行きは、聞けば聞くほど、「へぇ~」 と思う程である。きつい仕事であるだけ収入が多いのであろうが、「時間があるのだろうか?」 「家族関係は上手くいくのだろうか?」 などと余計な心配をしてしまう。

 辛い時、厳しい時の方が、纏まりがあり、絆を感じるものであるが、人間というものは不思議なもので、余裕が出来たり、マンネリになったりすると、箍が外れたりする事がある。強いようで弱いのが人間。でも、何でも、やらないないで後悔するのなら、やって後悔した方がまだまし。だんだん、そのような機会がなくなって行くのも事実である。



2/8 「facebookにデビューしたが、元さんを探しても見付からない。」 とのメールを由利香女史から頂いた。何だかんだと言いながら、お互い今流行の物に手を染めた感じである。それこそ、ひょんな事から知り合いになり、丹沢山でお会いし、そして、富山合宿(立山・白山)をするに至ったのである。「山ノ神」は、娘の事で上京した際に、由利香女史とお会いしてもいる。

 今度は、facebook上で、新たな「友達」となるが、彼女は、そんな事と関係なく、パーッと売れっ子になるかもしれない。(真面目で面白いから・・)  何年前か忘れたが、「山ノ神」と2人で、金峰山と瑞牆山の百名山2座を、夜行日帰りで狙った事があったが、結果的には、「山ノ神」の膝痛で、瑞牆山を断念しなければならなくなった事を、今と違って事細かくHPに載せていたものである。いつの日か、どんな巡り合わせがあったのか分からないが、膝痛の事に関して、その処置・手当法を、彼女の経験から、わざわざ進言を頂いたのであった。それからの山友である。

 今年は、「剱岳に登りたい。」 という希望がある彼女。「歳取ったね。」 などと言われたくないのであるが、果たして、私は、凜としておられるだろうか・・・



2/7 今日も何処へも行かなかった。熱もないしインフルエンザではないと言われたが、「暖かくなったら・・・」 なのであろうか、咳が出て止まらなくなる。今朝の午前4時頃であったろうか、一度咳が出たら止まらなくなった。また、今夕、お風呂に入っても咳が出て止まらなかった。後は、そのような症状が、極めて少ないのであるが、明朝までに治さなければと、外出と言えば、一件の所用をこなしたのと、駐車場の雪掻きを、ちょっとしたくらいであっった。

 2日間連続で山に行かなかった事を昨年経験したが、今年は、「何処にも行かなかった。」 「何もしなかった。」 を経験してしまった。趣味のない人は、休日家中で、何をしているのだろうと思っていたが、今日は、私がそれを体験してしまったわけである。

 テレビも読書にも興味が注がれず、かといって、日頃から溜まっている片付けをする気にも慣れなかった。もっとも、体調が良くないという事情があるにせよ、こんなのが、二週間、或いは、一ヶ月も続くと、頭も身体も可笑しくなってしまいそうだ。

 今は、娘と孫が里帰りしていて、ちょっぴり、思い通りにならない事もあるが、それ以外は、健康であれば、遠近高低はともかく、自分の好きな山歩きが出来る幸せを、しみじみと感じたのである。

 雨でも雪でも、風が吹こうが行っていた「山歩き」。次第に行かなくなると、「雨なんだから・・」、「お天気が悪いから・・」 と、自然にそうなって行くような気がする。他人様には、「そんなに良いけ・・」 言われる程までに、トレーニングの為にジムへ行くような感じになっていたのに、事情はあるにせよ、最近の不甲斐なさは、「山バカ」 「山キチガイ」 などの勲章が、削ぎ落とされてしまったかのようである。どんな所でも良いから、やっぱり歩かなくては・・・・



2/6 今日は、山にも行かず、午後から医者に行って、その後、小雨の中であったが、古城公園を散策した。天下の水豪公園であるだけに、それなりの趣があった。粉雪がちらつけば、もっと良かったかもしれない。

 「小さな旅」 が出来ず、今日の出来事としては、目新しい事は何もなかった。夜になって、HPとfacebookを更新している最中に、「チャット分かる?」 とのメッセージが飛び込んで来た。HPを初めて12年、パソコンに触れ始めて13年の間、手法としては知っていたが、やった事がなかった。わからないままでも、やれば出来るものである。少しの時間であったが、とても楽しかった。E氏に感謝である。でも、時めきを感じる人とは出来ないかもしれないがね。



2/5 熱はないが、咳が出て困っている。結果的にどうなるか分からないが、家の環境、そして、お天気もあまり良くないなどを材料にして、「明日・明後日の山行はナシ。」 にしようと思っている。

 それでいて、「車はナシ。」 にしても、自分の時間を確保したいと思っている。それが、家にいようが、外に出ようが、拘束を受けないという事である。たまには、ふらりと隣町に、カメラを持って出掛けるのもよい。ちょっと、電車やバスに乗るのもよい。晴れていて、道が良ければ歩いても良いのである。

 それも、体調が良くての話であって、また、干渉・拘束されているからである。遠慮や我慢がない生活であったら、そんな事を望む事もないであろう。適度という言葉があるが、その程度が分からない。人間てのは、勝手で贅沢、そして、厄介なものである。



2/4 生まれて一週間程の孫が、体調が良くなく、昨日から再び入院となった。その退院予定日が月曜日である。何にもなければ、連休を利用して、「大地か大倉山に行けたらいいな。」 くらいに思っていたが、車も必要だろうから、その計画は止めた。

 娘は、「私は、なんとでもなるから・・」 と、「好きなようにしてくれ。」 と言うが、流石の私も、そこまでやれない。幸いにも、月・火あたりは、お天気が良くないとの巡り合わせもある。風邪の「山ノ神」 は、ニッコリであるが、「そんな身体で何処にいけるか!」 と言いたくなる。

 昨年からの思いであるが、「何が何でもをやめよう。」 が、また現実となるかと思うと、ちょっぴり寂しい気持ちもある。この機会に、また「小さな旅」 にでも出ようか・・・・



2/3 もしかしたら、私も風邪かもしれない。「山ノ神」は、インフルでなかったから、私もその可能性は低い。「寒い」・「身体中が寒い」、今日は、暖かくして、早めに休む事にする。

2/2 娘と孫がやって来てから50日を超える。その2歳8ヶ月の女の子は、「じいちゃん」 「ジジ」 と私を呼ぶ。仕方がないことではあるが、本当は、ずっと前から、「ゲンゾウさん」 と呼ばせたいと思っていた。実際、父親の事を、「みっちゃん」 と呼んでいるのだから・・・・ まあ~、後に、修正が利かない事もないであろう。

 私は、晩年の父に対して、「モリさん」 と呼んでいた。「森行のモリ」 である。もっとも、その呼称は、私が父との間だけであって、他人様の前では、そうような事はしなかった。父は、差程反応はしなかったが、若い頃、身近な人達にそう呼ばれていたのである。

 一週間程前に、またまた、女の子が誕生した。いつかは、2人の孫から、「じいちゃん」 と呼ばれる事になるが、これを見越してだろうか、「元ちゃん、そろそろ、元じいに・・・」 のメッセージなるものが届いている。

 以前、「元ちゃんの山歩き」 から、「元さんの山歩き」 に名を変えたのであるが、「元じいの山歩き」 には、もうちょっと、待って欲しいという気持ちである。「いずれは・・・」 と思っていても、老人クラブにさえ抵抗感がある現実もあり、慌てる事はないでしょう。



2/1 我が家は賑やかであるが、その他は、雪・である。重い雪・固い雪は、もう手に負えないくらい厄介である。大雪警報発令中であるが、本当に降るのであろうか・・・・ (私は、そんなに降らないと思うのであるが・・)

 2月に入り、もう心は、大地・初雪山に心が動いている。しかし、大雪・車・孫・「山ノ神」など、多くの要因が障害となって立ちはだかるような気がしてならない。「今しかないのに・・」 、それは、今すぐ分かってもらえそうにないだろうが、「何としても・・」 が強く働けば、何とかなるような気がする。怯まないに尽きる。