4/30 「大丈夫なのですか?」 「気を付けて・・」 などと、心配して頂きながらの山行となったが、通常の歩きが出来たようでした。そりゃ、若い時のような、弾丸山行は出来ないだけじゃなく、万が一の事を考え、尚更のように荷が増えるのだから仕方がない。でも、成谷山までは、思っていた以上に快適であったし、写真を撮りながらにしては、4時間余で僧ヶ岳に着いたのであるから、まだまだの気持ちはあった。

 しかし、駒ヶ岳へは、夏道が1/3~1/2程露出していたのに、だんだんと力が抜けていってしまったのです。「まあ~、北駒ヶ岳まででもいいか!」 となった時刻は、正午前だったのにです。駒ヶ岳まで行かないと、毛勝山の後ろに隠れている剱岳が、はっきり見えない不満があったのですが、何よりも何かを食べたいという気持ちの方が勝ってしまいました。

 それでも、静かな山を堪能しました。片貝側からの登山者は私が一人。他に、嘉例沢公園から登って来られた方が一人おられましたが・・ 僧ヶ岳までは、たくさんの足跡があったから、前日は賑わったのかもしれません。片貝第4発電所には、多くの県外ナンバーの車があったのですが、皆毛勝山に向かわれたのでしょう。

 不思議な事がありました。僧ヶ岳から駒ヶ岳に向かう途中、急斜面を降りるのですが、ピッケルを使うかもしれないと思い、ちょっと故障気味のストック(縮まらなくリックに付けるのが不都合)を、登山道側の雪上に差し、復路に持って帰ればいいとしていたのですが、僧ヶ岳に登り返す時にはなかったのです。落とし物として、誰かが持っていってくれたのなら、それはそれでいいのですが、何だか狐につままれたような感じです。誰も登って来ていないのですから(好山病のステッカーが貼ってあります。)

 ヨタヨタの私ですが、雪上は大丈夫です。特に下りはスイスイと行けます。雪がなくなってからは、そのヨタヨタになってしまいますが、それでも、僧ヶ岳発が午後2時、登山口着が午後4時過ぎですから、今の私では、結構頑張ったと思っています。その余勢を買ってではないのですが、コゴミ採りに夢中になってしまい車に戻ったのが午後6時半になってしまいました。



4/29 20~30年ぶりなのだろうか、今朝から動悸が激しい。このところの暴飲暴食が祟っているのかもしれないが、いい感じがしない。それでも明日は、僧ヶ岳・駒ヶ岳」を目指してみる。もしかしたら、体調不良で断念するかもしれないが、それはそれで、それなりの山行とする覚悟は出来ている。

 この山行に際して、片貝第4発電所、または、成谷堰堤まで車を入れる事が出来るという情報をお二方から頂いた。(本当に感謝である。) それを知り、随分と気が楽になった。もしかしたら、「駒ヶ岳まで・・」  「ゆっくり、何度もコーヒーを飲みながら・・」 「帰りは山菜を採りながら・・」 など、幾つものパターンを考える余裕?が出来た感じである。



4/28 明日、東京のムコ殿と大阪の息子がやってくるという。彼らの予定は分からないし、必ずしも夜遅くまで付き合わなくてはならぬ事もあるまい。だから、予定通り「僧ヶ岳」 に行くつもりである。「駒ヶ岳」へは、私の体力と、雪の状況(雪庇)をみて判断したいと思っている。

 一年に一度はと思っている山も、最近は、諸事情でなかなか叶わなくなってきている。我が家の事情もあるが、体力や意欲の衰えが、そうさせるのであろう。だから、行けるチャンスがあれば、それを逃す事などないと思っている。「士気の低下」 が最大の敵。私の好きなものは、「山の空気」。相俟っているのであるが、目に見えぬ何かが、私の行く手を妨げようとしているように思う。でも、それに負けないで、自分なりの歩きに心掛けたいと思っている。



4/27 山菜採りは真っ盛り? いや、私は、まだフキノトウばかり。 でも、先日の山行では、タラの芽をかなりゲット。これからはコゴミ。そして、ウドになるが、私はあまり採れない。ちょっと、遅くなるが、コシアブラとなる。ススダケもある。私は、高い所で採るから、必然的にそうなるのかもしれないが、山に親しむ度合いが深まる感じである。

 春は、新緑、そして、残雪である。3~5月の雪上を歩くのが楽しいし素晴らしい。雪解けが進んだ所は山菜である。 というふうに、山は、一年中楽しい。リスクを心得、謙虚であれば、面白さが、あちらからやってくるような気がする。ブナの実が落ちて、新芽が出て来る様も、それはそれは美しい。

 

4/26 GWの前半は良しとしても、後半はあまり良くない予報である。僧ヶ岳もそうであるが、大倉山へも行きたいと思っている。次の休日は、5/7と5/8である。その間に休みをとって、出掛けるのも一案かと思っていたが、あまり予報が良くない。そうなれば、正規の休日に、その思いを委ねるしかない。

 歌の文句ではないが、「サラリーマンは、気楽な家業と来たもんだ・・・」 なんてのもあったが、自営業も、「その気になれば・・」 なんて、言えればいいな!  それを現実化しようと、5/3・5/4辺りを、一日もらおうかと思っていたが、予報が悪いとなれば、無理する事もない。後々のためにも、温存しておきたい。



4/25 今度の月曜日(4/30 振替休日)は、僧ヶ岳を予定している。林道の何処まで車が入れるかによって変わって来るが、駒ヶ岳も視野に入れている。最も、「山ノ神」が、「僧ヶ岳なら行かない。」 と言っているからでもある。「その歳で、長い行程の単独行は如何なものか・・」 と言われそうであるが、今日現在燃えている。

 登山口まで車が入れば、問題なく行けると思っているが、このところの片貝川沿いの林道は、そのような状況ではない。後は、スタートを早くするしかないし、お天気に恵まれる事になる。まあ~、また誰か同行してくれるかもしれないし、途中で止めるかもしれない。どちらにしても、静かな山を楽しみたいと思っている。



4/24 0783で始まる電話が何回も掛かってきた。心当たりがなかったので出なかったのであるが、うるさいくらいに掛かってきた。以前は、「らくらく電話帳」というアプリで調べていたが、PCが故障してから、そのアプリはなくなってしまった。(もっとも、登録されていない電話はわからなかったが・・)

 知識が無いので何となくであったが、その電話番号をPCで検索をしてみたら、「要注意!」 とのコメントが有り、そのような情報が数多く寄せられているとの事であった。悪徳広告業とか、ヤミ金などのような事が述べてあった。「出なくて良かった。」 などであるが、何ででも、調べると載っているのだと、こちらでも驚いたのである。



4/23 白木峰管理棟奥まで車が入ったので、午後3時半まで下山しなければならなくても、仁王山か前白木峰へは行けるのではと希望が膨らんだ。しかし、車が入るという事は、雪が少ないという事で、尾根を辿る事が出来なく、必然林道歩きを強いられる事になった。

 登山道に入っても、雪はあまりなかった。1,170m辺りで林道と交差する駐車スペースのある登山口手前では、それなりの残雪があったが、その上のしばらくは、また雪がなかった。ようやく雪上を歩いたと思ったら、また雪がなくなり、ブナ林の中の夏道に出たら、そこにも雪がなかった。

 1,300mの駐車場からの急登でも、殆ど階段が露出している有様であった。林道に出で、左へ20~30m行ったところからの取り付きが一番心配していたが、ロープも階段も利用出来て、何の問題もなかった。大方が雪面となり、次の林道の壁も埋もれている事を確認し、アイゼンを着けた。(装着しなくても問題なかったように思えたが、せっかく持参したのであるから利用する事となった。) しかし、山頂への木道には全く雪が付いていないので、外さなければならなくなったが・・・

  午前10時頃まで、白木峰山頂に辿り着かなければ、仁王山へも小白木峰へも厳しいと思っていた。例え行けたとしても、食事時間がなくなるからである。その場合は、浮島辺りと前白木峰をと思っていたが、結果的には、30分到着が早まり、仁王山への希望が伝わってきたので、「山ノ神」待機(白木小屋から仁王山よりのピークで、ビールを宛てがい)させ、仁王山に向かう事にした。

 私は、このルートは3度目であるが、過去2回「山ノ神」を白木峰山頂に残しピストンした事があった。それから、かなりの年月が経っているので、思うようなタイムで往復が出来るのかと、ちょっぴり不安がないでもなかったが、幸い雪の切れている所が少なく、猛者達と張り合ったので、かなりハイペースで登る事が出来た。仁王山頂では、写真を撮るくらいで早々に引き上げたが、それでも、同じメンバーで、この山に来れるかどうか分からないという事で、何枚となく撮り、そして、撮りあった。

 雪が少なく、真っ白な山容ではないが、それでも、白木峰は、どっしりした素敵な山である。それは、仁王山より優れていると思うのは、私だけではあるまい。その景色を眺めながら、仁王山から駆け降りるのであるが、その降りた分だけの登り返しが待っている。でも、「山ノ神」が待っているピークには、下山予定時間に1時間20分の余裕をもって到着したので、ゆっくりと食事をする事が出来た。

 350mlのビールを3人で分け合った。私は、日帰りの山行では飲まないのであるが、今日ばかりは、100ml程頂いた事になる。余計な話も出る。しかし、持ち上げてコケ降ろしはするが、気分が悪くなるような話はしない。何故か、いつもニコニコで顔が痛くなる。「此処に来れた。こんな事が出来る。」 最近は、「こんな贅沢が出来る。出来た。」 で話を終えている。でも、「この歳で・・」 などは、まだ早い。もう10年こんな事が出来れば、それは凄い事かもしれない。

 もう一度、白木峰山頂に登り返した。薄っすらとではあったが、北アの山々が、ずっと眺められた。幸せの一日を過ごす事が出来たのである。とは言え、まだまだ、車デボ地点まで降りなければならなかったのであるが、登山道から離れての林道歩きでは、フキノトウの他、タラの芽・コゴミを採った。午後3時半頃に車に戻り高岡へは、予定の5時に着く事が出来たのである。



4/22 このところ暑い日が続いたが、明日の高岡は、今日と比べて、気温が10℃くらい低くなる予報である。そして、晴れマークがあるものの、夜は傘マークが付いている。でも、山は行ってみなければ分からない。行かないと晴れるし、行くとイマイチのお天気であっても、行きたいのだから、そんなに予報は気にならない。

 そんな予報の中、白木峰方面に出掛けるのであるが、周さんと河原氏が一緒してくれるという。そして、私達のペースとスケジュールに合わせてくれるというのだから、有り難い話である。後は、「山ノ神」の歩きに掛かっている。下山時間が決まっているから、「山ノ神」を如何に早く山頂に上げるかである。早ければ、仁王山・前白木峰への案があるのだが・・・・



4/21 規制があり、なかなか泊まり掛けの山行が出来ないと思っていたが、昨年の記録を見ると、3.19~20大地・初雪山、5.21~22新潟旅行、6.18~19日光(太郎山・女峰山)、7.3~4四国(三嶺・剣山)、7.16~17北岳・間ノ岳、8.15~16折立(天蓋山・薬師岳)、9.4~5好山病(薬師岳。北ノ俣岳)、10.2~3檜枝岐(燧ヶ岳・帝釈山・田代山)、蓼科(蓼科山・車山) と9回の機会があった。

 今年は、これからの交渉次第となるが、娘の職場が替わった事や、下の孫が小学生となった事もあり、まだまだ状況を把握しきれていない。しかし、こちらも、全てあちらに合わせてばかりもおられない。お互い譲りながら接点を見付けていきたい。唯、孫達が大きくなってきている事もあり、朝の解放が増えつつある。これから、陽が長くなる事もあり嬉しい事である。



4/20 少年・青年時代からの友人や親戚の人などは、70歳になっても、私の事を、「元ちゃん」 と呼んでくれる。「元さん」 と呼んでくれる人達は、「元ちゃんの山歩き」から、「元さんの山歩き」 になってからの人達だと思っている。そして、私は、その呼称が結構気に入っている。

 元三が、「げんさん」 とも呼べる事もあり、誰から呼ばれても、その響きに酔いしれているのかもしれない。出来れば、子供や孫達からも、「元さん」 とか、「元三さん」 と呼ばれたいと思っているが、なかなか思うようにならない。その中で、「元三さん」 と呼んでくれるのは、「山ノ神」と、私の学校時代からの友人の奥様達だけである。

 私は、父の晩年に、父の事を、「もりさん」 と呼んでいた。(父の名は、森行) オヤジや父さんも良いが、何となく名で呼びたかった。私は、家内(山ノ神)の事を名で呼んでいる。流石に「ひさえさん」 と、さんは付けないが・・・。 まあ、時代が変わったと言えば良いのかどうなのかわからないが、奥様の事を、「嫁」 という人達が結構多い。嫁とは、家の嫁であって、本人の嫁ではないと思うのであるが、分からない。逆に、家内と呼んでいると言ったら、それは可笑しいと言われてしまった。

 そんな事は、どうでもいいのであるが、二人だけとか家中でいうのはどうであれ、人様にいう時には、自分のカミさんを奥さんとか、○○ちゃんとかいうのは如何なものかと思うのは、やっぱり時代感覚がずれているのだろうか?  まあ~、何度も繰り返すが、そんな事はどうでもいい事。「元ちゃん」→「元さん」→「元じい」になるはずのシナリオは、もうしばらく見合わせる事にします。



4/19 タイヤ交換は、例年4月第3日曜日が過ぎてからする事にしている。(一度、GW後の時もあったが・・) しかし、今年は、その日が4/15で一番早い第3日曜日になった事もあり、どうしようかと悩んだが、この先2回の休日の行き先を考えて、思い切って交換する事とした。

 車を乗り換える毎に車が大きくなり、当然タイヤも大きいサイズになっている。(225-55R-18) 腰痛リスクを考えれば、業者にお願いした方が懸命と言われるが、まだ大丈夫である。あと何回出来るかわからないが、その意気込みでやっていきたい。



4/18 次行く山を模索する時、以前の記録を結構参考にする。最近は、サボタージュが多く、記録されていないものも多い。ましてや、画像を多く失った(画像から時間を割り出す事が出来る。)事から、ずっと前のものが対象となる。しかし、現在の体力からして、どれほどプラスしなければいけないのかと考えてしまう。

 行動時間がフリーならともかく、限定される事が多く、「山ノ神」との兼ね合いも出て来てしまう。だから、どうしても計画が縮んでしまう。いや、それどころか、頓挫してしまう事がある。それは、自分自身にも、「あそこを通れるだろうか?」 「渡る事が出来るだろうか?」 「跳ぶ事が出来るだろうか?」 などと躊躇せざるを得ない事が出て来ている。

 もちろん、実力・体力の無い事からなのであるが、「怪我したら終わり。」 が、いつも頭から離れないからである。「何でも無い所で転ぶ!」 と「山ノ神」に言われるようでは、もうお終いかもしれない。でもである。「山が好き!」 なのであるから、どんな形でも、しがみついていくつもりである。「長~く歩いてクタクタになる。」 これが現在の私の満足した形なのかもしれない。



4/17 日曜日(4/15)は、雨の中、これでもかというほど、フキノトウを採った。月曜日(4/16)人津谷林道で、「今日は、採らないぞ!」 と思っていたのに、下山時にやっぱり採ってしまった。「今日は、Kさんの分。」などと、かなりの言い訳をしながらであった。お裾分けしても、「こんなにたくさん?」 という方もあれば、「どれだけあってもいい。」 という方もあり人様々である。また、中には、「本間さん、悪いけど、山菜で嫌いなものはない。」 などと、催促がましい方もあるが、何だか半分嬉しい気がする。

 私は、天ぷらが大好き! だから、山菜の天ぷらも好き! いつも「食べ過ぎだ!」 とか、「バキュームカーのように、何でも全部食べてしまう。」 などと言われてしまっている。高齢者の仲間入りをした現在、カロリーオーバーを心配しての事なのだろうが、だから、「休日は山に行って、歩き通し、何もかもを吐き出すのだ。」 と、持論を言っても、何を言っているのかと、あまり聞いてはもらっていないようである。

 フキノトウは、天ぷらが一番と思っているが、根強い人気なのは蕗味噌のようである。最近、らっきょ酢に漬けるのを覚えたら、御飯の友にもなるし、お酒のアテになる事請け合い。最も、ワラビにそのような使い方をしていたが、山友からフキノトウも合うとのアドバイスを受けて、毎日美味しく頂いている。私は食べるだけ!自宅に帰って水洗いはするが、やはり料理が出来れば、もっと楽しくなるのだと思う。

 

4/16 昨日の雨は、高所では降雪となり、ちょっぴりだけど積雪となったようです。また、山頂での食事時には、桜の花弁のように雪が舞いました。晴れ予想がハズレ、展望を楽しませてはくれなかったのですが、そんな臼越山に河原氏と3人で行ってきました。(本当は、ガリ君を含めた4人で出掛ける予定だったのですが、彼はアクシデントに見舞われ断念せざるを得なかったのです。残念!)

 藤橋ゲートが開いていたので、旧クムジュン前まで車を乗り入れる事が出来、随分と助かりました。しかし、昨年(4/24)は、べったりだった人津谷林道の雪は無いのですからびっくり。荒れた林道を、スノーシューを担いだまま歩く始末です。そして、晴れる筈がそうでもなく、展望が望めず、そして、尾根に取り付いても、所々ヤブ中に入らなくてはなりませんでした。

 1,000~1,100mくらいから、ようやく一面雪となったのですが、それでも、山頂への急登箇所では、藪漕ぎを強いられてしまいました。その藪も、少しばかり新雪が付着しており、滴り落ちたり、濡れた木々を握るものですから、手袋はびっしょりで冷たくなってしまいました。それでも、私は高いところが好き!7度目の臼越山頂に立つ事が出来ました。

 展望は良くないと言えでも、山の頭が見えない状況ながら、「あの山は何処?」 「あれは、何々山では?」 とパズルのように言い合うのも面白い。私は、山座同定が下手なもので、あま喋らないのですが、それでも、それなりに口にして、「ありゃ!」 が多い。山頂で、山友とあまり山以外の事を喋らないのですが、回を重ねる事に、その人間性が分かって来るというものです。

 今回も、河原氏にいろいろと助けてもらいました。一緒するに当たって、「私達のペースやスケジュールに合わせてくれるのなら」 との条件にも、「充分承知しています。」 との優しい返事をもらったから一緒させてもらいました。相手様への気遣いこそが、また、気遣いをしてもらう事になるという相乗効果が生まれるのですね。いつも謙虚でいたいですね。すぐ忘れるけど・・・



4/15 やはり、そんなに降らなかった。でも、さすがに当初の予定を実行するには至らなかった。頃合いを見て、近間の低山と思っていたが、やはり気になる片貝川。それではと、山菜目当てに出掛けたのであるが、片貝第2発電所のゲートでストップ。もちろん徒歩覚悟であったから、雨も何のそのであった。

 しかし、残雪は多かった。ゲートが無くても、車はどれくらい入れるのだろうかと思った。それでも、せっかく来たのだからと、せっせとフキノトウを摘んだ。コゴミはまだまだであった。往復4時間も歩いた。そのお陰で、どうしようかと思うほどフキノトウを採ってしまった。毎日がフキノトウ。それでも、あまるくらいに・・・




4/14 本当にそうなんだろうかと疑っているが、明日のお天気が良くないようである。どうしようかと悩んでいるが、せっかくの丸一日使える休日であるから、低山であろうが、山菜採りであろうが出掛けるに決まっている。そして、明後日に期待する。(月曜日はお天気が良さそう。)

 今月末までの予定を決めた。最終的には、お天気もあるが、「山ノ神」との折衝も残っている。その予定の中に、北ノ俣岳も入れたかったが、来月に持ち越しとなる。このように計画をしている時が一番楽しい。気はまだまだ若いのだ!



4/13 週末(土日)のお天気が良くない。特に私の休日の日曜日が悪いようで憂鬱である。必ずしも予報通りではないにしても、あまり面白くはない。例年、この休日に、いろいろと計画を立てるのであるが、このところは、あまりお天気周りが良くない事が多かったきがする。

 2日目は、まずまずの予報であるが、丸一日使える筈もない。(朝が解放されないか交渉の余地がないわけでもないが) 山を登らず山菜採りもあるが、まだ限られたものになるし、それとて雨具を着なければならない。まだ一日ある。大きく予報が外れる事を願うのであるが良い方にである。



4/12 冬タイヤと同じで、もうそろそろ冬山用の装備を片付けようかなと、お天気の良い時に改めて天日に当てるのであるが、まだ使う事があるのではと悩めるところである。それはそうだ!高所に行けば、お天気の悪い時など全く冬山と同じなのだから・・・ そのような所へ行く時は、また引っ張り出せば良いだけの事。

 また、どんなに良い品であろうが、使わないと劣化するというのであろうか、イザという時に、「えぇ~」 なる時がある。せっかく高い金額を出して買ったのにと言っても後の祭りである。しかし、修繕の利く場合もあるから、いろいろと検討することである。

 私には、10年以上前に買った冬山用のジャケットがある。(行動着として買ったものである。)最近は、軽くてコンパクトな物があり使用しなくなっていた。でも、もったいなくて、今冬はなるべく着用するようにしていた。雨や水気の雪には弱いが、結構暖かいのである。難点は、嵩と重さであるが、これしかないと思えばそれで何とかなるものである。

 もっと、もったいない物がある。一万何千円を出して買ったグローブである。確か2回ほどしか使用していないと思うが、指の所に綻びがある。暖かいのであるが、細かい事が出来なく、また、常時行く山ではどうしても必要ではないので、遠ざかっていた。本当にもったいない。でも、接着剤を使って何とか使用と思う。



4/11 これからの時期行きたい山が目白押し。僧ヶ岳・白木峰~小白木峰周回・臼越山・北ノ俣岳・毛勝山・猫又山など。そして、出来れば山菜も採りたい。そうなると、お天気周りもあるし、どれだけ行けるかも分からない。娘や孫との調整の他、「山ノ神」のお許しが必要な事も出て来る。そんなハードルを、どうしてもという気持ちが、最近は、徐々に薄らいで来ている。それは、家庭円満を望むだけではなく、意欲の衰弱なのかもしれない。

 どうであれ、山と触れ合っておればいいのかもしれない。押して引いて、欲を出して、引っ込めてを繰り返しながらである。周りの山仲間と連携を取りながら、仲良く親しくも大事にしたいところである。いろんな方法で、そして、行きたいところへであるが、とにかく怪我をしないように病気にならないようにしなければ、そんな思いは果たせない。



4/10 週に一度の山行(月に2回は、週二回)。そして、週に何か行事があると結構忙しい。今週も、2回の会合がある。その内1回は、懇親会(飲み会)である。先週は、2日連続の山行と花見。そして、東京からの客人があった。来週も日と月の山行を計画をしている。そして、暇だが仕事もしているから、何をしようかと悩む事もない。

 しかし、座っていると、すぐ眠たくなる。認めたくないが、これも、体力の衰えの一つなのだろう。実際、お酒を飲んだ後、PCの前に座っても、それなりの事が出来たのに、この頃は、誤字脱字どころか、椅子から転げ落ちるのであるからしょうがない。でも、「もうちょっと・・」 がなければ、まだ耐えきれると思っている。

 まだ食欲旺盛。朝昼ご飯を2膳確実に食している。向かいのビル(10階)の階段を一気に登る事が出来る。山中を朝から晩まで歩き通す事が出来る。なのであるが、それ以外の事がダメという事かもしれない。「老いては・・・」 なのであろうが、まだまだの気持ちでいたい。



4/9 二人の孫を送り出してから、出掛ける事にしていた。(下の孫エリーは新一年生) 元々、予報も良くなかったし、朝の解放をせがまなかった。そんな事もあり、昨夜には小佐波御前山と決めていた。ゆっくり時間があるのだから慌てる事もないし、タープやシャベルなどを担がなくてもよいのだから荷も軽くなる。 往復3時間もあれば足りるこの時期、1時間休憩を入れても時間は余る。フキノトウを採りに違った山に出掛けた。



4/8 1月下旬から2月上旬にかけてHDが壊れてしまい多くのデーターを無くしてしまった。4年分の画像、住所録、メルアド、そして、編集中の文章、その内にと思っていたHP用の紀行文など。しかし、嘆いていても仕方がないと思っていたし、住所やメルアドは、情報を集めれば何とでもなると思っていた。それで分からなければ、それだけ縁が薄いというのか、それだけの付き合いなのだと諦める事にしていた。

 ところが、最近は、LINEなるものを使うようになってから、それに現を抜かしていたら、イザ、連絡しようと思う友人のメルアドが分からない。殆どの連絡はPCに頼っていただけに、戸惑いは免れない。それでも携帯(現在はスマホ)に、幾分かのアドレスが登録してあったから良いようなものだが、それが、正しいのかどうかは出してみなければ分からないところもある。実際、出しても返事のないものもあるから・・。(でも、間違いであったら戻って来る筈だよね。)

 ここに来て、バックアップを気にするようにしているが、ついつい怠け癖が出て、「あれ~っ」となる。大した物がないのだからと思っていたが、なくなると、やはり不便である。世に、個人情報流出などというニュースがよくあるが、私の情報など大した事がない。などと思っていたが、そんな事を思うと、そうとも言い切れないのかもしれない。バックアップと力んでみたが、やがて終わる人生では、左程必要(重要)ではないような気がする。やっぱり、もっと、元気で先まで生き続けなければ意味は薄いのではなかろうか?



4/7 「温泉にも行きたい。」 「ゆっくりとした長旅もいい。」 「電車・バスを利用してのんびりもいい。」 などと、欲望は尽きない。「美味しいものも食べたい。」 「湯に浸かりながらお酒もいい。」 が、なかなか、そのような事が出来ない。もちろん経済的な事はあるが、孫達のために空けきれないのが一番の理由かもしれない。

 そんな事を言っていると、その内、本当に出掛けられなくなる日がやってくる。無理してでもであるが、なかなかなのである。しかし、日帰りもあるし、半日で近間の町を歩く小さな旅もある。高い山が良く、低い山がダメなどという事がないのと同じで、お金や時間を掛けたら良いというものではなかろう。

 やはり、何はともかく、幾つになっても一生懸命というのがいい。それは、「汗を掻く」 という事に等しいかもしれないが、その立場立場ではそうとも言い切れないかもしれない。でも、「目標」 という点では近いかもしれない。そう言いながら、また山の事を考えている。大した事をやれるわけでもないのにね。それほど、私には、「山の空気」が合うのかもしれない。

 

4/6 週末のお天気が悪いようですが、福寿草を求めて赤祖父山へ行かれる方があるやもしれませんので、その情報をちょっぴり。「林道が荒れている。」 「ゲートで入れない。」 などと述べておりましたが、ゆーゆうランド花椿方面へ行かないで、赤祖父池沿いに車を進め、東西原から入ると登山口まで行けるようです。(河原氏からの情報) しかし、狭いところがあったり、尖った石が散乱しているようですから、くれぐれも注意してお出かけください。



4/5 2年前唐松岳で出会った「東京のまどかさん」が、やって来た。「お二人に会うのが一番の目的」 なんて言ってくれては、何もしないわけにはいかない。彼女は、既婚者ではあるが、私の3人子供達より若い。それなのに、こんなジジ・ババに会いに来てくれるので嬉しい。そして、飲めるのであるから話は盛り上がる。おおよその高岡滞在時間は24時間。 「今度は山で・・」



4/4 数人の方から福寿草に関する問い合わせを頂いた。「見頃ですか?」 「車は何処まで・・!」 私の感想では、咲き始めた感じですが、満開のような気がしました。何故かというと、「今までは早い時間に出掛けており、花があまり開いていなかった。」 また、「あまりお天気の良い時に出掛けていなかった。」 のですが、今回は、少しばかり遅い時間だったし、気温が高かった日でしたからです。いろいろと条件があるのでしょうね。でも、明日は寒いようですね。

 林道状況ですが、”ゆーゆうランド花椿” を過ぎて、「通り抜け出来ません。」 の標識がある所を左折する林道は、簡易ゲートがあります。横ちょから抜けれるのですが、その先は、とてもじゃないけれど走行出来ません。(大荒れ) また、「通り抜け出来ません。」 を直進すると、やはり、すぐにゲートがあり走行出来ません。いつもは、そこから歩くのですが、今回通っていないので状況はわかりません。

 雪割草は、登山道では、ちょっとしか見掛けられませんでした。たぶんこれからなのでしょうが、私達が迷い込んだヤブの斜面には、たくさん咲いていました。今まで見た事がないようにです。雪量は、合流地点(分岐)からは、それなりにありましたが、上部の林道越えからは、びっしりでした。



4/3 連休2日目は、やはり時間制限があり、近間の低山と決め込んでいた。山菜採り前で、林道歩きがあるが、「袴腰山」も、面白いのではと思っていた。車を走らせていた途中に、「山ノ神」が、「福寿草を見たい。」 と言い出し、赤祖父山にハンドルを切った。いつもと違う丸山横を通る林道に入ったが、すぐに通行止めになった。仕方なく歩いたが、その荒れ方・崩壊に、これでは、しばらく車が入れないと思った。

 デブリ(残雪)があったから、福寿草への本来のルートから外れて杉林の急登を選んだが、「山ノ神」は四苦八苦。しかし、自分から福寿草と言っただけに、”怒る” 事が出来ない。でも、福寿草の群落に辿り着けば、その事など忘れてしまっていた。この取り付き前に、一見、”凄いヤマや” と思われる方とお会いした。高岡の佐々木氏とお伺いした。目が合った時から、私を持ち上げてくださるのであるから、相当お上手な方! でも高感度!

 赤祖父山の準備は何もしていなかったから、「何処まで行けるか?」 であった。その内、かなりルートから南側に外れている事に気が付いた。登り難かった左側へ行けばよかったのであるが、あえてそれを嫌ったからである。仕方なく北側に舵を切らなければならないのであるが、ずっと前も、このような所でエライ目に遭ったことを思い出した。その時は、雪を拾えたからよかったが、今回は全くの藪漕ぎとなった。

 車をデボする地点で、予想より雪量があったので、昨日の牛岳の事もあり、迷わずスノーシューにした事も、藪漕ぎが一層辛さが加わった。しかし、このところの私の悩ましきルート探索に鍛えられたのか、黙々と登って来る「山ノ神」。 でも、姿勢を低くすると相手方が何処にいるのか分からなくなる不安があったものと思う。

 良いに悪いは付き物なのか、凄い量の雪割草に遭遇した。赤もピンクも白もである。「あそこにも、ここにも」 である。しかし、写真を撮ろうとすると、ストックやスノーシューが周りの枝に引っ掛かるのが困ってしまった。登山道上の量など、比べ物にならない程であるから凄い! しかし、此処で時間を取られてしまったのだから、上へは行かれなくなった。

 合流地点(分岐)で、腰を降ろす事にしたが、「山ノ神」は、盛んに私を煽る。「行ってきてもいいんだよ!」 ちょっぴりカップ麺を食べて、「上の林道まで行ってくる。」 とスノーシューを履いた。荷は持たず、カメラとGPSだけを持って走り出した。でも、距離にして450m程であるが、やっぱりそれなりの時間を要した。上部は雪がべったり。「赤祖父山山頂でなくとも、扇山まで行きたかったな。」 と思っても仕方がない。30分ほどで「山ノ神」の所まで戻った。帰りは、通常の登山口に・・・・

 

4/2 晴れでも花曇りのような牛岳でした。でも暑かったです。予想以上の雪量に、やっぱりスノーシューに軍配が上がった気がします。でも、これから急速に雪解けが進むでしょう。家に戻ってから、古城公園へ家族でお花見に出掛けました。(山用具一式を担いでです。)暖かく花見日和でした。飲み過ぎになりました。

 

4/1 今日はエイプリルフール。今年は面白い話題があったのですが、過去にいろいろと、ご迷惑を掛けた事もあり(大方は大笑いしてもらった。)、この頃の陽気のように、今年は穏やかに過ごす事にしました。明日明後日は、私(達)の連休なのですが、娘の職場移動となった事もあり、何となく、こちらからの希望を出さなかった。5日は、入学式で休まなければならないだろうの思いがあったらでもある。本当は、そんな事は関係ないのかもしれないが、唯々何となくである。

 「明日は何処へ行くの?」 と周さんから声が掛かった。育成クラブ(学童保育)に送ってからとの了承を得て、牛岳へ一緒する約束をした。その後、河原氏からも同様の声が掛かった。こんな変則の山行なのに、同行してくださるのであるから感謝せねばならない。その先、今月中旬に、仲間と牛岳を予定されていて情報を求められていたS女史を偵察を兼ねてとお誘いしてみたが、遠方に出掛けられていて叶わなかった。