元   さ   ん   の   山  紀  行
大 猫 山 (2,070㍍)
<富山県魚津市、上市町>
平成16年11月21日





 この日の山行を2日前まで悩んでいた。しかし、特別な思いを携えて一人で歩きたいとだけ思っていた。(母の命日なのである。)予報は完全に雨。牛岳でもいい。私には牛岳が似合うから・・・・。前夜、筏井氏から予定が決まっていないのなら、七姫山に行かないかとの誘いがあったが、今回だけは断った。それにしても、雨でも出掛ける彼らの凄さに驚いた。(自分の事は棚に上げて!)しかし、それでも、“ 晴れないかな~。” との彼の記述が可笑しかった。でも、晴れたのである。車を急遽、馬場島に向けた。(大窓がはっきりと見える。)
「お天気がいつまでもつか。」であった。「大猫平まで」と「11時まで」の二つの制限を持って登る事にした。ブナクラ取水口の手前の鉄製の橋で通行止となっていたので、その袂に車を止めて歩き出したが、スパッツを忘れ車に戻った。しかし、片方しかない。「山ノ神」も友人との山行のため、昨夜から準備をしていた時に、多分私の物も紛れて、あちらに持っていかれてしまったようである。 仕方が無いから片方だけで歩き始めた。 案の定、濡れた草木に触れるため、ズボンがビシャビシャになってしまった。たまらず、雨具の下だけを着けた。     (赤谷尾根が浮かび上がって来る。)
紅葉の終わったブナクラ谷の流れから上に、赤谷山が大きく現れて来る。大窓・小窓のネームバリューの強い固有名詞に、マイナーな白萩山・シラハゲ・アカハゲ・池の平山を探す。手前にありながら赤谷尾根を忘れている。剱尾根や池ノ谷もさる事ながら、早月尾根が大きい。でも今日も、てっぺん(本峰)が見えない。いつもそうである。何回来ても私の気持ちを裏切る。大日岳や早乙女岳を見えてでも、大猫山は剱岳の展望台なのである。全容が見えなければダメなのである。早朝は逆光で、シャッターを切らせてくれない。やはり泊まるくらいでないと、 本当の剱と対峙出来ないのであろうか?
 1425mから雪が現れた。雪量が増えて行くと、かすかに足跡が確認出来る。しかし、その足跡に新雪が覆い被さり、昨日のものだと思われた。1500mのポイントを過ぎて25分程経った頃、突然ガサガサという音にビックリしたら、上から男性が一人降りて来られた。思わず「あちらからですか?」と尋ねると、「昨夜は上で泊まった。」の返事だった。「昨日は撮れましたか?」の問いには、「夕方チョット!」であった。その方も、「朝はダメなんですよね!」と悔しさとも取れる顔付きだった。大ブナクラ谷の残雪期のルートも話題に!
大猫平の積雪は20~25cm程度。 吹き溜まりは、もうチョット多いかも! まだ陽は差していたが、徐々に雲が湧き上がって来ている。 剱岳の本峰は依然と姿を現さない。後立山の五竜岳は全容を見せないまでも、何とか形で分かる。鹿島槍ヶ岳は、全くその形を見せてくれなかった。 池(地塘)を入れるために、そっくり返って撮って見たが様になっていない。 大猫平には、黄色の小さなテントが一張あった。山頂にでも出掛けたのであろうか、ひっそりしていた。
山頂に向かってトレースがあった。先程出会った男性のものか、それともテントの所有者のものか判別できなかったが、一人のものであった。今秋、福井のkyuさんやkotamaさんらが歩いたアングルと同じ場所でカメラを構えたが、被写体が雪とトレースだけであまり面白くなかった。派手な色のウェアーを来た人が歩いておれば、きっと良い画像が撮れたのにと自分で思ってしまった。山頂まで行かなくとも、大猫平で止めるのも、もったいなかったので、大猫平を眺められる所まで上がる事にした。 (午前11時20分、1925mである。)
瞬く間に暗雲が立ち込めて、何も見えなくなってしまった。そして雪が降って来た。「やっぱり今日はここで止めておこう。」大猫山と私の相性は本当に悪く、11回も通い続けているのに、まともに見えたのは、1回だけである。 ブナクラ取水口からの標高差は、1100mくらいで、時間にすれば4時間前後で、この凄い迫力を見る事が出来るのだから、何度も通い続けなければならない。5月に、猫又谷から直接大猫山に登った事があるが、この時も素晴らしかった。鬼場倉ノ頭からも、時間を惜しんでシャッターを切ったのもよく覚えている。





★★★コースタイム★★★
高岡6:05=登山口手前鉄橋(7:25~45)=標高1400㍍地点8:40=標高1500㍍地点(9:05~25)=大猫平(10:40~11:00)=1925m退却11:20=大猫平11:45=標高1500㍍(12:40~50)=登山口・鉄橋(14:00~05)=高岡15:25

★☆★単独行