<牛岳六合目から積雪期ルートで稜線へ>





 最近元気のない山田君に、「お正月山に行くかね!」と声を掛けたのは、12月上旬の事だったが、「行きま~す。」とメールが届いたのは、歳も押し迫った29日の夜遅くだった。しかも、元某山岳会に所属していた柴田氏同伴を伺ったものだった。「山ノ神」を含めた4人のパーティでの計画を進めたが、元日になって、明日の予報が悪いと知るや、「山ノ神」が、自信がなくなったのか辞退を申し出た。

 2日朝7時、富山から来た柴田氏の車には、多くの雪を積んでいた。山田君と柴田氏は、仕事関係の知り合いで、過去に我々の山行計画に乗っかって、五箇山の「高落場山」に同行した事があった。二人とも、最近は、山への憧れは衰えていないものの、仕事などの関係で、山行機会を失っているようである。
五合目と六合目の間

 「雪の牛岳」は、二人とも初めてで、私がガイド役になった。昨夜からの雪もあって、林道は当然車の乗り入れは出来ず、その入口に止める事になる。利賀街道からの取付が二合目。昨夜は降雪があったようだが、トレースがはっきりしており、さほど沈まず、スムーズに進む事が出来た。登り始めは、小牧のダム湖を背にしながら、二度目の林道に出て、大きな案内板の所に着いた頃には、靴が沈むようになった。しかしながら、杉林の中の登行も男3人は、元気そのものであった。五合目ヒュッテまで予定通り1時間ぐらいで登って来れた。

 この先六合目までが急登で、ここで費やす時間が当日の体力或いは、その後の行程のバロメーターになるところである。少し雪が深くなって来た杉林を抜けたところで、カンジキを装着する。しかし、トレースが生きており、男3人もいれば、新雪でもさほど気にならない状態であった。少し息が上がってきた所が、六合目で、全行程の半分の所でもある。六合目からは、夏道を捨て、冬ルートととして、稜線目掛けて直登するのだが、雪の少ない時は、夏道を通らなければいけない。ブッシュを隠すだけの雪量があるかないかにかかっている。

 昨年末に2度の牛岳山行も、1㍍位の雪量だったが、北または、西斜面をトラバースするようにつくられている夏道に雪が吹き付けられ、ただの斜面になっている所を突き進むのだから、所々に樹木が倒れており、それを乗り越えたり、潜ったりするのがとても難儀なのである。
 今日も、半分夏道を選択しなければいけないと思いつつ、六合目まで来たのだが、薄っすらと稜線に向かって、トレースが見える。雪量が一寸少な過ぎるから、ブッシュに悩まされる事を覚悟しながら、稜線を目指す事にした。いきなり"ズブッ"と木の根の所まで足が沈み、その根にカンジキが纏わり付き、脱出に手を貸さなくてはならぬ。雪量が少なくとも、新雪が多くなってくる。木の枝を掻き分けながら交代で進む。天気予報の通り降雪が激しくなってくる。  やがて稜線に出たが、展望が利くわけがない。吹きさらしの所はトレースなどない。でも、意外と早く稜線に出る事が出来、この分では、山頂まで確実に行けると思っていた。ブッシュの中に再び入ったが、小動物の足跡が、かすかにあるもののトレースが完全に消えた。風雪に消されたものか、ここで撤退しているのか、わからないが、時間にも余裕があったので、前に進む。
暖かいコーヒーを飲む

 しかし、新雪とブッシュで、一歩進んでは、深みに嵌るようなもので、足が抜けない。益々風雪が強くなってくる。他の二人には、おそらくこのルートが、合っているのか不安になってくる頃である。フードが風に煽られて、頭から捲くれたのを直そうとしても、なかなか元に戻らない。手が、かじかんでしまっている。帽子の変わりに、タオルを頭に巻きつけていたが、昆布のようにバリバリである。柴田氏のメガネが、始めのうちは、曇ってしまうといっていたが、凍って前が見えないと言い出した。

 今日の行程は、登り4時間をメドにしていたから、二度ほど、「もう少し行ってみよう!」「メドが立たなければ引き返そう」などと、決断しなければならない時があったが、指揮系統がはっきりしていたし、チームワークも、しっかりしていたから、問題などは何も起こらなかった。
 午後0時30分頃、はっきりとはわからないが、おそらく三角点まで、もう一登りだったと思えたが、視界が悪くなり、残念だが前進を止めた。
 すぐ撤退と思ったのだが、風雪の中、殆ど口に物を入れていなかったから、木陰で休んでと思えども適当な場所が見当たらなかった。太いブナの木を風除けにと思ったが、風が舞い何の効果もなかった。「一寸だけ休もう」と各々がザックを降ろした。山田君が「コーヒー飲みますか?」と言った。「えっー、こんな所で!」と思ったが、暖かいものが恋しかったので、周りを踏み固めてコンロを置ける所を造った。

コーヒーを沸かし始める益々降雪が激しくなる視界が悪く前が見えない

 手袋を脱ぐ手は、すぐに冷え切って、感覚がわからないまでもいかないが、変な感じである。その手袋も、ザックも、何と表現していいのかわからないが、それこそ何時もと違い凍りかけている。
 髭も眉も真白で凍っている。この模様をカメラに収めようと思うのだが、レンズが雪に濡れて曇るし、シャッターが切れない。少し暖めてまたシャッターを押す。この間にお湯が沸いた。思わずニッコリ顔を見合わせ、極楽境地でコーヒーを頂いた。

 益々風雪が強くなり、寒さを感じるようになる。国道の温度表示がマイナス2℃だったから、900㍍はあるこの稜線は、常識的にはマイナス8℃位はある。しかも、風の強さを考慮すると体感温度は、それより低いマイナス10℃以上になると思われた。
 いざ退却となると、僅かな時間なのに、我々が歩いて来たトレースが消えて全くない。山で怖いのは、広い尾根の下りである。ホワイトアウトに近い状態だが、私はこの山だけは、絶対の自信があった。
 メガネが凍って前が見えなくて往生していた柴田氏、雪の山が初めてで、木の根の深みに嵌って四苦八苦している山田君に、彼らが望んで、この山行に参加したとは言え、山頂に届かなかった事、また、吹雪の中を辛い思いをさせてしまった事にガイド役の私は、彼等にすまないと思わずにはいられなかった。
 雪中行軍は、時折見つける赤布に"間違いない"と、安堵の顔を見るや、こちらも思わず苦笑してしまった。雪の多い時は、何処から下ってもいいのだが、今回は、登って来た時の稜線分岐から下ったが、あっと言う間に駆け降りることが出来た。
 しかし、六合目からの下りでは、一瞬何処が夏道かと思うほどに、あの風雪が凹凸を隠してしまっていた。何時間も経たない僅かの間にこれだけの雪が積もるとは、さすが豪雪地帯であると再認識してしまった。



◆◇◆ 同行者 ◇◆◇
      山田  柴田